近ごろバッコする老人性不都合

老人性ヘマ

 きのうのことだ。昼食の準備をしていた女房が、なにやらさえない顔をしてやってきた。

 どうせまた、料理用ハサミがとつぜん姿を消したとか(ハサミに足はない)、冷蔵庫にあるはずの豚肉がない(すでに食べたのだ)とか、まあそういった類いのコマゴマとした老人性不都合が、また発生したのだろうと思った。

 当たらずとも遠からずだった。今回のさえない顔をつくったモトは、ハサミでも豚でもなく、ガスコンロの火がつかないことだった。
 湯をわかしていて吹きこぼれさせたらしい、気前よく、盛大に。
 コンロが怒って反抗しているから、ちょっときて機嫌を直してあげて、と言う。

 若い美女の機嫌を直す仕事なら興味ないこともないけど、ガスコンロの機嫌を直すのはねえ。正直いってあまりヤル気が起きない。

 おおかたの家庭がそうであるように、わが家にも大ざっぱな家事分担がある。それぞれ得意不得意で、結婚いらい双方得意分野でやっていたことが習慣になったのある。

 ガスコンロの不具合は、料理担当の女房の守備範囲といえないこともないが、なにせ電気・機械に関する彼女の知識はゼロに等しい。・・・ならまだしも、超詩人的発想で機械と素手で渡り合おうとすることもあるので、事態をかえって悪くする。ときによると危険を招きかねないこともあり、ここはやはりわしが出ていく以外にない。

 さて、機嫌を損ねたガスコンロだが、たしかに点火スイッチを廻しても火がつかない。浴びせられた熱湯の量がハンパじゃなかったのだろう。バーナーおよびその近辺がびしょ濡れで、乾くのを待つ以外にないと判断した。

 だが充分と思われる時間を待っても、やはり点火しない。
 点火に乾電池を使う方式なので、ひょっとすると電気配線のどこかが断線したか水でショートしたのかも・・・と思って調べたが、よく分からない。

 などとあれこれやっているわしを女房は横から見ていて、まだ直せないの? という顔をしている。電気・機械はお得意分野じゃなかったの? って口には出さないが目が言っている。

 しかし原因が分からなければどうしようもない。たかが吹きこぼれガスコンロごときに白旗をかかげるのは悔しい。何とかならないものかとわし自身焦りを感じ始めたとき、ふとヘアブロワーが頭に浮かんだ。

 そう、濡れた髪を乾かすアレだ。で、ブロワーを高温送風にしてバーナーに当てて、湿りを乾かす。コンロにしてみれば、熱湯の次は熱風かよ、とせせら笑ったかもしれないし、女房は、ブロワーを油で汚さないでよ、という顔をしていたが、わしは、どうだグッドアイデアだろ、と腹の中でドヤ顔をした。

 だがそのグッドアイデアも役に立たなかった。しっかり熱風を当ててバーバーを乾かしても、やはり火は点かなかったのである。わしのメンツはつぶれた。

 だがわしは、それを言われないうちに、女房の注意をそらそうとはかった。
「何か、火を使わないでもできる料理はつくれないの?」
 女房は冷蔵庫を開けてごそごそやっていたが、
「ひとつ、つくれないこともない。でも、最低ゆで卵がほしいわ」

 またわしの頭がひらめいた。よっしゃ、まかしとけ。ガスの火が使えなくたって、ゆで卵くらいつくってやるわィ。
 電子レンジの利用を思いついたのである。ガスが駄目ならデンキだ。耐熱容器に水を入れ、その水の中に卵を入れて、電子レンジで加熱すれば、トーゼンゆで卵はできるはずだ、と。

 さらに、ここが芸の細かいところだが、あらかじめ卵の殻に小さな穴を開けておいた。そうしておかないと、加熱時に卵の殻のなかの水分が膨して破裂する可能性があるからだ。こういうことに気づくのは、物理センスゼロの女房にはできない芸当だろう、とわしはふたたび腹の中でドヤ顔をした。

 だが情けなくも、そのドヤ顔もふたたび破裂した。実際に、電子レンジの中で卵がボンと鈍い音を発して破裂したのだ。
 なぜだ!? そうならないように殻に穴を開けておいたのに。

 だが、破裂の原因究明より、破裂の後処理のほうが先だった。
 電子レンジの扉をあけてみると、内部は百花繚乱。卵の殻と白身と黄身がバラバラに飛び散って、レンジ内6面の壁をさながらお花畑にしていた。

 女房はたまたま場を外していたので、見つからないうちにすばやく拭き取って、作業を終えようとしていると、タイミング悪くもどってきて、どうしたのかと訊く。

 ヘタにごまかそうとすると、かえってキズを深くすると踏んで、正直にゆで卵の不成功を伝えると、理由を訊くので、しぶしぶレンジ内破裂の事実をつげ、いま掃除を終えたところだと言うと、とんでもないという顔をした。これで掃除をしたつもりかと怖い目をする。
 ムッとして「した」というと、彼女は懐中電灯をもってきて、レンジの内部を照らしてみせた。

 たしかに天井をはじめあちこちに爆破した卵の残骸が残っていた。反論の余地なくうなだれて清掃作業に戻ろうとすると、もういい、ここはわたしがやるから、あなたは別のことをやって、と追い払われた。
 わしはご丁寧にも ”メンツ丸つぶれ” をもひとつ上乗せしたのだった。

 その “丸つぶれ” にさらにもう一撃加えて完璧な “つぶし” に仕上げたのも、やはり女房どのであった。突然あッという顔をして、
「電気ポットを使ったら、ゆで卵できないかしら」

 結果は・・・悔しいことにできたのである。カンタンに、カンペキなゆで卵ができたのである。わしが先に思いつくべきだった。ホットポットという電気器具があったことを・・・。

 こうしてわしのジソンシンは完璧に地に叩き落された。
 ふだんから電気・機械関係は得意分野と揚言していたわしが、その方面ではセンスゼロとバカにしていた女房に出し抜かれたのだから。

 人生には予期しないことが起る。
 「いのち長ければ恥多し」・・・ということわざが頭に浮かぶ。
 嗚呼! とわしは歎息した。

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近ごろバッコする老人性不都合” に対して 2 件のコメントがあります

  1. むらさき より:

    「結局、私が居ないと何にもできないんだから・・・」「まったく!用事が増えたじゃないの!」と私なら心の中でつぶやいていますね(笑)
    えーえー、もちろん口には出しませんよ。
    彼が無口になった時は、よくわからない、どこかしらのプライドが傷ついている証拠ですから(笑)
    ゆで卵の件には触れずに食事をしますよ~(笑)

    1. Hanboke-jiji より:

      いやあ、よくできた奥さんですねぇ。
      こういう人のダンナさんは羨ましい!
      男って表むきは威張っていても、
      けっこう傷つきやすい動物ですからねぇ。

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