嘘のつき放題
物ごとにはどんなものでも必ず、プラス面とマイナス面の両面がある。
おのれの人生を振り返ってみても、90年の実体験としてそれを肌で感じる。
当ブログではこれまでほとんど、妻が認知症を発症したために生じたマイナス面だけを取り上げてきた。
が、認知症になったために生まれたプラス面も、実はないではない。
今回はそのプラス面を書いてみる。
(マイナス事ばかり書いていると、私自身も全身マイナス色に染まって、顔までマイナス顔になってきそうだから・・・)
アルツハイマー型認知症の主症状は、記憶力の喪失である。
それも対象を選ばない。自分がしたことや行ったところも、言ったことや主張したことも・・・要するに何もかも、具象・抽象を問わず宇宙に存在する森羅万象を忘れる。
話を日常の生活に戻すと、日々生きていく中で生じる良いことも悪いことも、認知症さんは同じように忘れる。
必要なこと重要なこと危険なことなど、忘れられると困ることも多いが、忘れられると当方にとってそう悪くはない、むしろ好ましい場合もある。
たとえばかつてはよく喧嘩をしたが、喧嘩すればその後一定の時間、不愉快な気分で過ごさねばならなかった。仲直りのきっかけを作るのに苦労もした。
相手が認知症になった今は、(喧嘩する意味が失われてほとんどしなくなったが)たまにしても、向こうさんは10分もすれば忘れるのですぐ日常に戻る。
喧嘩以外にも生活上の不都合なことや不快なことはいろいろ生じるが、そういう場合でも、隣にいるパートナーはそれらを全て忘れてしまうので、不快な空気が後に引かない。・・・ということはけっこうありがたい。隣でケロリとした顔をされていると、こっちまで気持ちが軽くなる。
忘れられて好都合な場合はほかにもある。
何度も触れているが、妻はきれい好きだった。だから生活の共有部分が少しでも汚れたり、乱雑になることに口うるさかった。私は整理整頓が苦手というか、あまり頓着しない方なので、それがわずらわしかった。
ところが認知症になってからは、ほとんど口うるさく言わなくなった。私にとってラクになった。
こういうこともある。
“嘘のつき放題” が可能であることだ。
何を言っても記憶しないということは、何も言わなかったと同じである。それゆえ「朝令暮改」どころか、一分おきに反対のことや矛盾することを言っても、なにも問題は生じない。批判されることはないし不信感も生まない。
ある意味で気楽だけれど、実はこれをやっていると、人間関係が崩れる。融けてグチャグチャになる可能性がある。
そうなると介護の根本が崩れる。
それゆえ嘘をつくのは、それが相手にとって良いことに限るよう、さすがに厳重に注意しています、ハイ。
当ブログは週1回の更新(金曜)を原則にしております。いつなんどきすってんコロリンと転んで、あの世へ引っ越しすることになるかもわかりませんけど、ま、それまではね。
