老人だって夢見る
ああ、老いたんだなァ、と強く思わされるのは、日常の生活の中の、ごくごく些細な事がらによってである。
たとえば足の爪を切るとき。
食事は細くなり、動作は鈍くなり、運動量も肺活量も減っているのに、どういうわけか手と足の爪だけは、すこぶる勢いよく元気に伸びる。若い時より伸び方が早い気さえする。べつに精確に測ったわけではないけど・・・。(年をとると時間が速く過ぎると言うが、それと関係があるのか? ま、ないわナ)
さて「足の爪を切る」話。
手の爪を切るのは、年を取ったからといって特べつ苦労があるわけでははない。よほど老いさらばえないかぎり、付近の肉もいっしょに切り取るようなことはしない。
だが、足の爪はそうはいかない。
股関節や膝関節が柔軟性を失い、つまり足(脚)が固くなって、ちゃんと曲がらなくなる。で、足の爪が目から遠くなる。視力低下もあって、爪が見えづらい。
いや場合によっては、手先が届かなくなる。つまり爪切りを持った手が、足の先まで届かないのだ。
私はなんとかぎりぎり届くが、切りにくいことおびただしい。
足指自体が、90年近く狭い靴の中に押し込められながら、全体重を背負って歩いてきたせいだろうが、ひん曲がったりねじ曲がったりして、ひどいイビツな形に変形している。
その結果、爪切りの刃と爪が平衡にならない。そんな状態で爪を切るのは、包丁で金網を切るのと同じくらい難しい。
他方の手で足指をねじ曲げて、爪切りの刃と爪を平行にしようとするのだが、それがけっこうままならない。たいへんな集中力が要る。うっかりすると、ほんとに付近の肉をいっしょに切り取ってしまいかねない。
・・・とまあこのように老人にとって、足の指の爪切りさえちょっとした大仕事なのである。
そんなときふと夢見ることがある。
もし自分が大富豪なら、30分で10万~20万円くらい報酬を払って若い女を雇い、ピチピチの膝の上にわが足を乗せて、若鮎のごとき綺麗で柔らかい指で足爪を切ってもらえるだろうになァ・・・などと。
ま、年を取ると、見る夢もミミっちくジジ臭くイヤらしくなる。
やだなあ~。
当ブログは週1回の更新(金曜)を原則にしております。いつなんどきすってんコロリンと転んで、あの世へ引っ越しすることになるかもわかりませんけど、ま、それまではね。

[ま、年を取ると、見る夢もミミっちくジジ臭くイヤらしくなる。
やだなあ~。]
との事ですが、夢見る位ならお金もかからず、良いではありませんか。
私も家内の介護を続けながら、お金さえあれば、家内がリハビリに行っている間に
若いお姉ちゃんと楽しいひと時を・・・などと、叶わぬ妄想に浸っています。
呆け始めた家内でも、そんな私の心の内を見透かしているのでしょう。
煙草を吸いにベランダに出ると、幻視と幻聴の所為でしょうか?。
どこの女と話していたのか、と厳しい叱責を受ける事があります。
金も無いこんな老い耄れが女にもてる訳は無いと、なだめるのも一仕事です。
おっしゃる通り一歩引いて客観的に眺めると、夢見るだけなら金もかからず他人にも見られず、何の問題もありませんが、もう一歩引いてそんな自分を上から見ると、何だか情けなくなるなるんですねぇ。貴兄のように無意味なことはパッと切り捨てて現実に対応したほうが、ラクだとは分ってはいるんですが、思うように自分の心を操れません。ま、ソンな性格です。
それより、老いても嫉妬の心は少しも老いない女心への対応に四苦八苦しておられる貴兄の姿は、リアルで心にひびきます。(ボケじじィ)