ガランドー型老いた子猫

歯ぬけ

 高齢になって生活上にいろいろ問題が生じてくると、近くに頼れる家族・親族がいない老人は、大いに困る。生まれてまだ目も開かない子猫が、路上に放り出されたみたいなもんだからである。
 そんなときはどうするか。
 とりあえずまず近くの「地域包括支援センター」に相談する。

「地域包括支援センター」は、高齢者の健康や生活に関する様々な悩みの、総合的な相談窓口として、すべての市町村に設置されることになっている。

 わが町のその “包括” が、認知症のための集まりを毎月開いている。
 認知症患者とその家族がつどって、おしゃべりをする。今げんざい身に起きている悩みや問題を語り合うのである。
 わしら夫婦も基本的に毎回参加している。わしらも路上の子猫に近いからだ。いさらばえた猫・・・ネ。
 
 さて、先日もこの集まりに出かけたのだが、途中でまずいことに気づいた。
 入れ歯を入れてくるのを忘れたのである。
 自慢ではないがわしは自歯がまばらに4本しかない。足りないところは義歯で代用している。要するにほとんど総入れ歯である。
 であるからに入れ歯を入れないと、しゃべるとき口の中に黒いガランドーが現われて、元々自慢できない顔がによけい見られない顔になる。

 しかしすでにもう半分以上の行程を来ている。いまさら家へ後戻りしたら、歩きだから遅刻するし、体がもたない。
「ええーい、今日は歯ナシでいこう」
 と決めた。どうせ金も若さもエネルギーもないのだから、歯ぐらいなくたって目立たないだろう・・・とそのまま出かけた。
 
 ところがやはり目立ったようだ。
 直接言わないが皆のわしを見る目がなにか言ってる。
 そこで開口一番みずから先に言った。
 さいきん自分は物忘れがとみに目立つが、今日は口の中のモノを忘れた。ゆえに多少顔がヘンに目立つかもしれないがご容赦願いたい、と。
 
 が、問題がひとつ残っていた。しゃべりがフニャフニャして皆によく伝わらないことだ。そうでなくてもわしは脳梗塞の後遺症で、ふだんからロレツの回りがが少々アヤシイ。そのうえ口の中がスキスキで空気が出放題じゃ、コトバだってまともには出てこない。
 だったらその日はしゃべりを抑えればいいのに、アホなわしは焦ってよけい声を張り上げたものだから、皆は困惑していた。
 
 アルツハイマー病のカミさんはβアミロイドに犯されて頭の中はひたすらガランドーに向かっているし、わしは歯周病菌に犯されて口の中がほとんどガランドーになっている。

 いうならわしらは “ガランドー型老子猫夫婦” である。
 ま、どこから見てもあんまりカッコ良くないねぇ。
 

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