深夜にしくしく泣く声

深夜

 先夜、人の泣くような声で目が覚めました。
 時計を見ると、深夜の2時前です。
 どうも外部から聞こえてくる声ではありません。わが家の中でしているようです。

 現在私たちが住んでいる家は、かつて妻の両親が老後に生活を送った小さなマンションです。狭い上にムダな物が多いので、夫婦で寝所を同じにできる大きな空間がありません。で、別々の部屋で寝ています。

 わが家の中で人の声がするとあれば、ユーレイでなければ出どころは妻以外にありません。
 何が起きたのかと慌てて起き出して寝室を出てみますと、トイレとリビングをつなぐ暗い廊下に、はたして妻がひっそりと立ってしくしく泣いていました。

 先日歩道で転倒したときの傷が痛みだしたのかと一瞬私は思いましたが、そうではありませんでした。
 身体が痛むのではなく、心が傷んでいたのでした。
 妻はトイレに起きて、用を済ませて廊下に出たところで、ふいに自分を失ったようです。自分が何をしているのか解らず、どこにいるのかも解らず、これから何をしてしていいかも解らなくて、その場を動けなくなり、途方に暮れて泣いていたらしいのです。
 これでは3,4歳の幼児が街中で迷子になったのと同じです。ついにここまで来たかと私は背筋が冷たくなりました。

 しばらく抱きしめてやり、落ち着かせてから、寝所へ導いて布団の中に寝かせました。
 そのときふと、60年近く前にも似たような状況があったのを思い出しました。
 結婚して1ヵ月も経たない頃でした。泣き声で深夜に私は目を覚ましました。隣の布団に寝ていた妻が、半身を起こして泣いていました。
 私も身を起こし、どうしたのかと訊くと、まっすぐに私を見て、なぜわたしなんかと結婚したのか、と涙声で詰問するように問いました。

 当時彼女は23歳、現在は82歳。60年近くの時間が経っています。
 その間に何が変わったか。
 過剰気味だった自意識は消えましたが、人間としての存在自体も消えかかっています。
 上のような事態はこの夜だけでその後は繰り返していませんが、彼女は今や自分の排尿のコントロールも充分にできません。失禁してしまったリハビリパンツを、自分で変えることも難しくなっています。
 
 私は、朝日新聞の短歌欄に載ったとある短歌が胸にしみて、すっかり覚えてしまいました。
 それはこんな歌です。
 
  少しずつ少女になりゆく我が妻の襁褓ムツキの重さ掌にあり
                        (和泉喜兀)

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