老人性無自覚睡眠

居眠り

 最近ふと気づくとて寝ている。
 多くはテレビを見ているときだ。
 特に内容がつまらない時。いつのまにか眠っしまっている。その移行には境い目がない。目が覚めて初めて寝入っていたことに気づく。
 ここ数年、そういうことが多くなった。あきらかに老化現象の一つだろう。

 その証拠に、女房もまったく同じことをやっている。わしは彼女のとなりでしょっちゅうそれを目撃している。
 ふたりでテレビを見ているとき、並んでいるので女房はわしの視野に入っていない。それでも彼女が眠ったらすぐ分かる。気配が変わるからだ。ふいに隣りがシンとなる。それで目をやってみると、いつのまにか首を垂れている。

 小学校の教員をしていた人から聞いたことがある。小学校低学年の教室では、授業がおもしろくないと教室が騒がしくなる。逆におもしろい授業をしているときは、教室はしんとする、という。

 小学生と老人では、現われかたが逆になるところがおもしろい。おもしろくないと小学生は騒がしくなり、老人は静かになる。
 あたかも両者のエネルギーの有りようを絵にしたようだ。

 こういう老人性無自覚睡眠・・・早く言えば「うたた寝」にも個性があるようだ。少なくともわしとカミさんとでは違う。

 まず、うたた寝しているとき女房の首は前に垂れる。わしの首は後ろに倒れる。喧嘩の時のおたがいの主張のように。
 その結果わしの口は開き、女房の口は閉じる。わしの口の中はドライマウスになるが、女房の口にはよだれがたまる。

 なんで、こんなどうでもいいことを書いているのか分からんが、要するに、こういうどうでもいいことでさえも、人間が違えば違った表情になる、ということが言いたい。・・・らしい。

 ついでにもうひとつ。
 いつのまにか寝入っていて、目が覚めたときに見せる反応について。
 わしには特徴的なパターンがあると女房は言う。
 目が覚めたとき、「あれ、いつのまにか寝てしまってた」とテレくさげな顔をするのならまだ可愛げがあるが、いきなりはっきりした声で、いまテレビに映っている番組の意見を言うという。それも、実際の番組内容からそれほどかけ離れたことは言わないところが、さすがだわ、と彼女は皮肉めかして笑う。
「人間って、こんなときにも性格が出るのね」と。
 どんな性格だ? と突っ込みたいところだが、ヤブヘビになる可能性があるので抑える。

 カミさんの場合はこうだ。
 知らぬまに眠っていてふと目覚めたとき、彼女は思わず周辺を気にする。と同時に手で髪をなでつける。といって周辺に気になる異性がいるわけではない。見あきた爺さんがひとり鼻毛を抜いているだけだ。にもかかわらず、思わずこういうしぐさをするところが、ばあさんになってもやはり女なのネ・・・と思う。

 気づくことがもうひとつ。
 ほとんど無意識に行っていることでも、経験をくり返すと人間は学習するのネ、ということ。

 ”老人性無自覚睡眠” が始まった最初のうちは、先に述べたように女房は首をふかく前に垂れ、わしは頭を目いっぱい後ろへ倒して寝ていた。
 だが、時とともにだんだん、前に垂れたり後ろに倒したりする首の角度が鈍角になってきた。曲がる角度が深いと、首の筋肉にムリな負荷がかかるので、体は自然と修正するらしい。

 最近では女房は、首をあまり前に倒さないで寝ている。目を閉じていなければ、眠っているようには見えない。
 訊いてみると、わしも最近はかつてほど頭を後ろへ倒さないで寝ているそうだ。

 いやあ、エライもんだ。いつも思うが、人間のからだは神秘である。
 こんなじいさんばあさんになっても、できることは少しでも修正しようと努めるらしい。

 いつもは考えが投げやりに向かう傾向のあるわしも、もう少しちゃんとして命を歩かねば・・・という殊勝な気になる。
 ・・・といってもそんな気持ちは、ほんの数分の命ですけどネ。

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