老人の証明

転倒

 以前にも書いたことがあるが、外出するときは常にカミさんといっしょだ。
 仲がいいからじゃない。ひとりじゃ心もとないからだ。頭もだけど、最近は足元がね。

 障害物のない平らな道では、ときに自分より若いひとと競うようにして歩くこともある。追い抜くときだってある。実はそれがひそかに得意なんだ。こういうこと言うの、自慢っぽくなるからヤなんだけどね。(・・・なら黙ってろ!)
 
 ところが実は、できることなら本当は黙っておきたいことがもう一つある。
 道に小さな凸凹などがあってうっかりつまずくと、最近は以前のように立ち直れないの。横にだれかが居て支えてくれないと、倒れて地面に這いつくばる恐れがある。
 
 となると、老人には禁忌玉条の「転倒→骨折→寝たきり」状態になる可能性が高い。コロナもコワイが、老人にとっちゃこっちもコワイ。
 こうした1人じゃアブナイ足の状態は、カミさんも同じ。
 つまり2人してようやく1人前ってわけだ。情けないけどね。
 
 先だっても夕暮れどきに買い物に出て、その証明を派手にやっちまった。
 そこは歩道がせまくて、横に並んで歩ける幅がなかった。しかたなく前後になった。
 
 たまたまそこは光の届かない暗いところで、歩道と車道の境い目が分かりづらい。しかもその境い目にかなりの段差があった。
 その段差に気づかずに足を置いたわしは、バランスを崩してよろめいた。隣につっかえ棒がないので、そのまま一直線に車道側に倒れて、しっかりと地面に抱きついた。
 
 もちろん地面はザラザラのコンクリート。抱きついて楽しい相手じゃない。・・・なんてザレごとを言ってる場合じゃない。したたかに体をコンクリに打ちつけてうッとなり、しばらく息ができなかった。
 
 後ろにいたカミさんが跳んできて、腕をつかんで引き起こそうとしたが、力の入らないわしを地面からひき剥がせるほど怪力無双ではない。彼女だって喜寿にあと一歩の老人なのだ。
 
 もたもたしていると、傍らを走る車が大きくスピードを落として慎重に避けながら通るのが分かった。それで自分たちの哀れな姿が客観的に見えた。
 
 そのときわしが頭の中で思ったのは、
「ああ、わしは正真正銘の老人なんだな~」
 ということだった。
 
 あんたらは笑うかもしれない。何がいまさら正真正銘だと。
 笑われても仕方がない。あと1ヵ月ちょっとで83になる。とうの昔からすでにレッキとした老人だ。
 寝言はベッドに寝てるときに言え。段差を踏み外してクルマ道に寝ているときにいう言葉じゃない。
 ・・・て言いたいだろ、あんたたちは。
 
 分かってる。
 問題は、こうして痛い目に遭わなければ、自分が老人だという自覚をつい忘れてしまうことだ。
 問題といえばそこが一番の問題だろう。
 それこそが “老人であることの証明” だ。
 
 トホホ。
 ・・・とは考えない。
 路上で転ぶなんて老人の得意芸だ。ちょいと油断すれば、いつでもどこでも簡単にできる。訓練も努力も必要ない。
 
 それより、脚の骨を折らなくてよかったじゃないか。寝たきりにならずに済んだんだぜ。運がよかったよ! ・・・と思うことにした。
 
 いや考えてみれば、段差を踏み外して車道に投げ出されたとき、もしそこに車が来ていれば、即あの世行きってこともありえないことではなかった。
 つまりわしはソートーに運が強い。鬼もコロナも逃げ出す強運の持ち主だ!
 ・・・と考えることだって、その気になればいつでもどこでもできる。
 
 わしの空元気は足ほどやわくはないぞ!
 

        お知らせ
当ブログは週2回の更新(月曜と金曜)を原則にしております。いつなんどきすってんコロリンと転んで、あの世へ引っ越しすることになるかもわかりませんけど、ま、それまではね。

ポチッとしてもらえると、張り合いが出て、老骨にムチ打てるよ

にほんブログ村 その他日記ブログ 言いたい放題へ
(にほんブログ村)

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です