隣の家の犬

怒った犬

 わが家は、公道まで出るのに狭い路地を通らねばならないが、その時いやでも隣家の大きな窓が目に入る。前回そのことについて書いた。

 その窓に関連してもう1つ。
(面倒でも前回の記事をざっと読んでおいてネ、短いから。でなければこの話ナンノコッチャ? となる可能性がありマス)
 
 以前にも書いたが、わしらは1日1回、かならず家から外へ出ることにしている。その際、この隣家のガラス窓の前を通るわけだが、その出がけのとき、ある頃から毎回リチギに声をかけられるようになった。

 その家の住人に・・・ではない。その家に飼われている犬に、である。(住人とは声を交わしたことはない)

 わしらがくだんの窓のまえを通ると、引かれた薄手のカーテンを鼻の先で押し上げて、犬が顔を出す。そして吠える。
 
 毎度かならずである。見逃されることはまずない。
 まるでこの犬はわしらの “大ファン” で、出待ちをしているかのように、わしらが出がけに路地を通るたびに窓際に現れる。そして吠える。
 
 ”わしらの大ファン” という比喩とは矛盾するが、この犬、毎度、目いっぱい敵対的な態度を示す。みるからに不審者が近づいてきたと言わんばかりに、目をつり上げ歯ぐきを剥きだしにする。のみならず、ときに跳び上がって窓ガラスを引っ掻くことさえある。
 
 ま、庭に放たれた番犬だったら極めて有能だろう。
 だがこの犬、犬種はわからないが、小ぶりの白い室内犬なのだ。頭にピンクのリボンまで結んでいる。それでいてこの獰猛な “番犬ぶり” 。
 
 わしの経験では、ふつう犬は、最初のうちは吠えても、顔を合わせる回数が重なると、顔を覚えるのかしだいに吠えなくなる。機嫌のいいときには尻尾まで振る。
 
 ところがこの隣の犬は、何十回・・・ひょっとすると何百回と顔を合わせているのに、一向に態度を変えない。
 それほどわしらの風体はいかがわしいのか・・・と情けなくなる。
 あんたモノオボエ悪いんじゃないの、とたまに腹いせを言うこともあるが、それも空しい。
 
 ともあれ、毎回キバを剥かれて敵意を見せつけられるのは気分よくないので、いちど和平交渉を試みたことがある。
 といっても窓ガラスに隔てられているので、ひそかにドッグフードを与えて・・・という政官界の定番(袖の下)を行うことはできない。
 
 何をしたかというと、もっと高級な方法・・・心に働きかけたのである。
 念を使った、と言い換えてもいい。
 
 まず、相手がどんなに敵意をむき出しにしても、こっちはそれに引きずられず、穏やかな気持ちを持ちつづけて、心のなかで語りかける。
「どうしたの? 荒れてるね。粗相でもして叱られたのかい? ・・・大丈夫、生きてれば失敗は誰にでもあるから・・・」
 などと心のなかで話しかけて、友好的な気持ちを相手に伝えようとするのだ。
 が、この犬にはまるで通じない。
 
 犬や猫などの動物は直感が鋭く、飼い主などの心の状態をすばやく感じとる、というようなことをよく聞く。
 実際わしの過去の経験でも、敵意を見せる犬に穏やかな気持ちで接して、なだめたことがあった。
 それがあったから、この隣家の室内犬にも試みたのだが、まさにのれんに腕押し、女房に念押し・・・ってこれはちょっとちがうか。
 
 ともあれ結局は、犬にもそれぞれに性格があるという結論に至った。
 ワンパターンの対応を期待するほうがまちがっている、と気づいた。
 
 それは国と国の関係にも言えるだろう。
  たとえば日本と日本にいちばん近い隣国。
  かつてこの国を力で植民地化した歴史があるからだろうが、日本は徹頭徹尾嫌われていて、何をしても敵意をもって迎えられる。なかなか友好的な関係が築けない。
 
  1対1の人間関係で身に染みているが、とにかく隣同士で常にいがみ合っているというのはしんどい。
  なんとか仲良くなれないものかと思う。
 
  隣家の、リボン付き室内犬とさえ仲良くなれないわしが言うのもナンだけどサ。
 

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