声色の名手
いつだったか、プロとは凄いものだ、まるで手品師みたいだナ・・・と思ったことがある。
アニメの声や外国映画の吹き替えを職業にする声優と呼ばれる人たちがいるでしょ。そのベテランの声優さんが、テレビ番組で、何種類もの声色を次々と使って見せたときにそう思ったのである。
性別も年齢も性格もちがう様々なタイプの人間の声を、いかにもそれらしく次々に使い分けていていた。大きさも形も違う複数のボールや棒を、巧みに操るジャグラーのように・・・。
きっとこの声優さんは、神の声や閻魔大王の声も、ミミズやヒルの声も、どころか太陽や土星やブラックホールの声だって、求められればそれらしく出してみせるのではないか。
さて、話は変わるが、わしの家は小さな集合住宅の2階にある。
裏の家とは通路をはさんではいるが、それほど離れていない。7,8メートルくらいか。
で、この隣家の住人の声がよく聞こえる。
とりわけわしの部屋は隣家に面しているので、窓を開け放つ夏の季節には、手をつないで歩いている隣の人の声を聞くように聞こえる。
わしは住んでいる所もどこの誰兵衛であるかも明かしていないので、このブログに書く人物を特定することはできない。つまり誰にも迷惑はかからないと思って書くのだが、裏の家の人の声を聞いていると、どのような人たちであるか想像できる。顔はよく見たこともないのだけど・・・。
じつは家族構成すらよく知らない。
推量するところ、50代くらいの夫婦と、中学生くらいの娘、そして1匹の室内犬。声のするのがその3人+1匹だけだからそう言っているだけで、ひょっとするともう1人、天才的無口の息子がいたりして。
いちばんよく聞こえるのは奥さんの声である。仕事を持たない専業主婦らしい。亭主や娘が家にいない昼間は、犬としゃべっている。ときおり犬も、犬の声で答える。
次に聞こえるのは中学生の娘の声だ。朝晩や休みの日などに、ときどき親に反抗しているらしい声が聞こえる。とつぜん金切り声になる。反抗期のセンターにいるらしい。
ダンナの声はほとんど聞こえない。メシ、フロ、ネルの三語タイプかも。ちゃんとした声を聞いたのは、カミさんも娘もいないときに新聞の勧誘員がきたときだけだ。
で、これから話すのは、主婦の奥さんの声についてである。
この奥さんは先の声優ではないが、じつにたくさんの種類の声色を持っている。
地声に最もちかいと思われる声は、彼女が犬に話すときの声だろう。
週日の昼間はほかに誰もいないからだろうが、犬相手によくもこれだけしゃべることがあるものだと感心するくらい、しょっちゅう犬に話しかけている。
その犬に対するだけでも、いくつもの声がある。
機嫌のよいときには、抱きしめて頬擦りでもしているような甘い声。そうじゃないときは(それが大半だが)、子供を叱るときの母親の声。
上機嫌なときはそう多くないから、だいたいが “上から目線” 風だ。叱りつけることも多い。「ヨシヒデちゃん(犬の名、仮名)、ダメよ」「ヨシヒデ、ダメだと言ってるでしょ!」「ヨシヒデッ。ブツわよッ!」とだんだん声が荒っぽくなる。たまにほんとにブツのか、犬の悲鳴が聞こえるときもある。ヨシヒデちゃんもオチオチしておれないのでは。
ところが、ときおり回覧板などを手に近所の主婦が訪ねてくると、別人のようなお上品声になる。とてもヨシヒデちゃんと話している人と同じ女性とは思えない。
ある日、どこからか電話が掛かってきた。
じつはそれがこの記事を書くきっかけになったのだが、その電話に出た奥さんの声がさらに飛躍上昇した。由緒ある上流家庭のセレブ奥様のような声で応答したのである。
相手がだれであるか知る由もないが、皇族か、元皇族系の人物かと疑いたくなった。その変容ぶりには軽いショックに似たものを感じた。
しかし考えてみれば、うちのカミさんだっていろいろな声を使い分けている。
わし以外の人には、わしに話すときとははっきりと違う声を出す。
電話でも、話す相手によっていくつもの声がある。経験上、いま話している電話の相手が誰であるか、ほぼ7割くらいの確率で当てることができる。
振り返ってみれば、そういうわし自身だって、無意識にいくつかの声を使い分けている。
つまり人間はみんな、そのときどきの役柄に応じて違う声色を使っている声優なのだ。
当ブログは週2回の更新(月曜と金曜)を原則にしております。いつなんどきすってんコロリンと転んで、あの世へ引っ越しすることになるかもわかりませんけど、ま、それまではね。