口の中のタップダンス
もうすでに何度も書いているが、わしは軽い糖尿病をわずらっていて、医者から命じられ、毎日ジョギングをしている。
路上を軽く走るという単純な運動なのだが、毎日やっていると、思いもかけないさまざまな付随的な事柄が周辺に発生する。8月7日と8日に書いて面白いと言ってくれた人が多かった『ボケじじィの “にらみ”(上・下)』もその1つ。
さて、他人(ひと)のことは知らんが、わしは走るとき軽く口を開けているときが多い。グッと唇を結んだり、歯を食いしばったりしない。
その方が楽なこともあるが、もともと若いときから歯を食いしばって何かをするというのは苦手だった。それができていれば今ごろもっとラクな余生が送れているんだろうがね。
おっと、今はジョギングの話だ。とにかくわしはジョギングしているとき、かるく口を開けている。
すると妙なる音が口の中から聞こえてくる。きわめてリズミカルな音だ。まるで口の中で誰かがタップダンスでも踊っているかのような。
アタリ! そうなのだ。実際に口のなかでタップダンスを踊っているやつがいるのだ。
入れ歯である。
足から伝わる振動に呼応して、口の中で跳ね回る。カタカタ、カタカタ、カタタッター・・・カタカタ、カタカタ、カタタッターと軽快な足どりで・・・じゃなかった歯どりで踊る。まるで浮かれているように・・・じゃなかった、実際に入れ歯が歯茎から浮きあがって踊る。
しかも主人筋であるわしの許可も得ずに勝手に。
昔、アメリカの音楽映画で、フレッド・アステアが見ごとな足さばきでタップダンスを踊るのを見て、こっちは胸を踊らせたものだった。
しかし、自分の口の中で入れ歯がタップダンスを踊るというのは、なんとも奇妙な気分のものだ。これは経験した者ではければ分からんと思う。
別にイヤだと言っているのではない。イヤなら歯を食いしばって抑えこめばいいのだ。
だがわしはそれをしない。なにごとでも力づくで何かをするというのを好まない。
で、勝手に踊らせている。自由に踊らせている。
わし自身、宮仕えから解放された老後くらい、自由に生きたいと思っているからかもしれない。
もっともときどき、「うるさい。たまには静かにしてろ!」と言いたいときもある。
おそらくこれを読んでる人のなかにも、このブログにそう言いたいときがあるかもしれない。