震えあがった玉(2)

(今回は「震えあがった玉」の2回め。これを読む前に前回(参照はこちら)を読んでおいてね。

 わしが育ったのは、農業と養蚕と畜産(但馬牛の飼育)が主な仕事の田舎町だった。
 けれど、たった一つだけ工場があった。郡是(現グンゼ)の製糸工場である。近村の農家から買い集めた繭を、やはり近辺の村々から集められた中卒の女子工員たちが糸に紡ぐ工場だ。
 今にして思えばそれほど大きくはなかったはずだが、子供の目にはけっこう大きな工場に見えた。

 その製糸工場の裏手に、大きな煙突がそびえ立っていて、いつも灰色の煙をモクモクと吐き出していた。実際はどのていど大きかったのかわからないが、当時のわしたちには、空にそそり立つ化けもののような巨大煙突に見えた。

 煙突には、基部から頂上まで鉄製の梯子が取り付けてあった。煙突との対比で、その梯子が細いハリガネ製(見ようによっては痩せっぽちのムカデ)のように見えた。やはり煙突はかなり大きかったのだろう。
 子供が近寄るのは厳禁だった。日頃から大人たちから口うるさく注意されていたし、煙突の周囲には金網が張りめぐらされていて、近づけなかった。

 ところがあるとき、わしはその煙突に登らざるを得ないハメに陥ったのである。
 仲間たちと遊んでいて、金網の一部が破れているのを発見したのだ。子供の体ならくぐり抜けられる。
 ・・・とわかったときわしは反射的に、仲間たちに「肝っ玉」を示すチャンスだと思った。むろん具体的なことばまでは覚えていないが、おそらく次のような会話を交わしたのにちがいない。
「おい、今なら煙突に登れるぞ! 誰か一番乗りする奴はいないか?」
「・・・・・・」
「なんだ、みんなヘタレばっかしやな。・・・よっしゃ、おれが登ったる。よう見とれや!」
 ・・・などと格好をつけて、あとへ引けない状況に自ら追い込んだのだろう。
 仲間たちも引き止めなかった。臆病だと思われたくないし、何はともあれ登るのは自分ではないからだ。

 わしは付近に大人の目がないことを確かめてから、金網の破れから中に入った。
 ちょくせつ目の前にすると、やはり煙突は想像以上に巨大だった。
 基部は煙突というより、まるでコンクリート製の建物。
 一瞬、理由のわからない恐怖が背筋を走ったが、もちろん今さらやめるわけにはいかない。意を決して梯子に取り付いた。

 梯子という生活用具は、木や屋根に上がったりするのに日頃から使用していて、慣れていた。そのせいだろう、登り始めてみると、自分でも意外なくらい調子よくどんどん登れた。なんだ、大したことないじゃないか、なんて思いながら。
 そんな自分の姿を、下から見上げている仲間たちの目線で想像して、ヒロイックな快感さえ覚えた。

 実際にはどのくらい登ったのだろう。
 自分ではもう相当の高さまできたと思い、ひょいと下を見た。お尻の穴に凍ったナイフを突き刺されたように、ゾ~ッとした。
 今まで登ったことのある一番高い所(消防署前の火の見櫓)とは比べものにならないほど高い所に自分がいた。地上で見上げている仲間たちの姿はほとんど豆粒。煙突は下にいくほど細くなって見え、爪楊枝がおぼつかなげに地面に突き刺さっている感じだった。

 このときすでにわしの体は半ば硬直しかけていたが、その恐ろしい眼下の光景から逃れようとして、顔を上に向けたのが決定的なまちがいだった。
 自分では三分の二辺りまで登ったという感覚だったが、上にはまだ延々と煙突は続いており、やはり先へ行くほど細くなって、先端は空の中へ消えていた。

 その日はたまたま晴れていた。青空に浮かんだ白い雲が風に流されていたのが不運だった。右から左へ動いてゆくその白雲のせいで、わしが取りついている煙突が、逆方向へワーッと倒れていく錯覚に陥ったのだ。
 
 今でもそのときの感覚を体が鮮明に覚えている。
 それは錯覚というにはあまりにも生々しい現実感覚だった。煙突はゆっくりと、しかし確実に横へ傾いてゆき、体は今にも空中へ放り出されそうだった。

 わしは反射的に梯子にかじりついた。全身は完全に硬直して動けなくなった。声も出なかった。
 まさに巨大煙突の途中で空中にフリーズしたのである。
 そして、それからのことはほとんど何も覚えていない。体は硬直したまま、半ば失神状態に陥ったものと思われる。

 どのくらい時間が経ったのだろう。
 ふと気づくと、背後から覆いかぶさるように重なったどこかの小父さんが、耳元で、「指の力を抜け! もう大丈夫だから、指の力を抜くんだ!」と怒鳴っていた。そして梯子を握りしめて硬直しているわしの手の指を、1本1本剥がし取った。
 しかしその後ふたたび意識を失ったのか、どのようにして煙突から下ろされたのか覚えていない。

 相当こっぴどく叱られたはずだが、誰にどのように叱られたのかも今や記憶にない。ただ、自分では煙突の三分の二くらいまで登っていたと思ったのに、実際には下からせいぜい四分の一程度だったと言われて、理由もなく不満だったこと、そしてその後しばらくは、仲間たちの前に出るのがひどく苦痛だったこと、この二つだけは今でもよく憶えている。
 ともあれ肝っ玉がこれほど縮み上がったのは、寒中水泳の際の本玉以上だっただろう。

 それにしても、小さな子供グループの上に立つということが、このような危険を冒すに値するものだったのだろうかと、今となると理解に苦しむ。
 いま人生の終わり近くにきて顧みれば、そんなことが、人間の価値や生きる上に重要な事柄に関係するとは思えない。
 にもかかわらず、ガキ仲間の主導権争いから政界・大組織の権力闘争に至いたるまで、古今東西、人間が集まるところ必ずこの手の対立や争いが生じる。
 現に今も、トランプと習近平という世界2大国のトップがやっている。

 まったく、人間というのはどうにもならない玉だねぇ。

  (今回で「玉話」は打ち止めといたします)

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