震えあがった玉(1)

震えあがった玉

 ここ数回、わが身にかかわる玉話をした。(1夜で消滅した金の玉→『玉が消えた日』 / 医者に投げつけたカンシャク玉→『爆発した玉』→)

 改めて読み返してみると、どうもわしは学齢まえの子供のころから、ヒゲを垂らした爺さんに至るまで、神経質なくせに血の気の多い嫌な人間だということがよく分かる。こういうの、女に好かれない男の典型だナ。ひと言でいえばクソ野郎だ。
 
 クソと言ったら、頭のなかにフンコロガシの姿が浮かんだよ。生きるために一日じゅうフンを転がしている虫。ほれ、ファーブルの『昆虫記』で有名なやつ。

 このブログを書いているわしは、ちょっと距離をおいてみると、ま、フンコロガシみたいなものだわナ。どうでもよい “人間のフン” を週2回コロがしてる・・・。
 
 それもここ数回は、あいてが「玉」なので転がしやすかった。で、調子に乗ってあともう一回だけ、子供のころの「玉話」をコロガシてみたいと思う。クルマは急に止まれない。

 小学生時代、わしは近所の子供グループのガキ大将だった。
 ガキ大将というと、仲間たちを統率して引っぱってゆく颯爽としたイメージがあるが、わしの場合は、そんな格好のいいものではなかった。

 そもそもわしは子供の頃から小柄だった。小さな体で、大柄な子もいる仲間たちの上に立つには、いろいろと苦労があった。悪くいえば子供なりの策略と駆け引き。良くいえば絶えざる工夫と努力。・・・が必要だった。

 例えばグループ内の2番手と、時おり対立的な状況になることがあった。
 彼の父親は酒造りの主人で、大男の上に評判の癇癪持ちだった。妻や子や使用人、ときには自分の老母や犬まで容赦なく怒鳴りつけた。その声がしょっちゅう辺りにひびき渡っていた。
 その息子である彼も、(学年はわしより一つ下だったが)やはり大柄だった。まともに喧嘩になればまず勝ち目はなかった。そもそも、彼の気持ちの中にもどこかにそれがあるからこそ、ちょくちょくわしと対立的になる場面が生れたのである。

 しかしそういう状況下で、少しでも弱気な部分を見せたり、あるいはわずかでも相手におもねる雰囲気を漂わせることは、絶対的にタブーだった。たちまちグループ内での地位が脅かされる。それは肉体的苦痛以上の屈辱だ。
 それがイヤなら、内心どんなに恐怖がつのり、ほんとうは泣き出しそうになっていても、外見は強気いってん張りに出て、一歩も後へ引かない姿勢が必要だった。

 とはいえ、その強気がすぎて肉弾戦へ突入したら終わりだ。そうした状況に到ることは絶対に避けねばならない。
 どうしたか。
 相手の目を、全身全霊の気迫をこめて下から睨み上げ、鼻と鼻(…じゃなくて相手のアゴとこっちのオデコ辺り)がくっつきそうになるくらいまで接近し、あわや一触即発、といった状態まで進みながら、しかしあくまでこっちからは手を出さない、相手にも出させない・・・ということが肝心で、そのへんの呼吸と駆け引きにいちばんエネルギーを使った。

 そんなに度々ではなかったけれどが、たまにそういう場面に遭遇すると、ヘトヘトに消耗した。たとえ「とっくみ合いして敗北」という最悪の事態は避けられたにしても、なんの得点にもならない。
 できることなら、最初からそうした対立的状況が生じないようにするに越したことはない。
 それにはどうすればよいか・・・と、わしは子供ながらにも考えた。

 そうして考え出した対策のひとつが、「常日ごろから何かにつけて度胸を示す」ということだった。度胸なら、多少の勇気を奮い起こせば・・・つまり目の前の恐怖に目をつぶれば、示すことができる。すると「肝っ玉のふとい奴」と目され、仲間内での地位の向上や保全に役立つ。無用な造反も未然にふせげる。・・・というわけだった。

 とはいえ、コトは思い通りに運ばないのがこの世の常だ。

 今回お話するのも、この「肝っ玉作戦」を敢行した結果、あたら命を落としそうになったという愚かな事件を引き起こした顛末である。
 
 ・・・ではあるが、そろそろわしのエネルギーはこの辺が限界だ。続きは次回にまわす。

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当ブログは週2回の更新(月曜と金曜)を原則にしております。いつなんどきすってんコロリンと転んで、あの世へ引っ越しすることになるかもわかりませんけど、ま、それまではね。

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