鬼の居ぬ間に洗濯すると

鬼の居ぬ間に洗濯

 義母は、これまではほとんど病気らしい病気をしたことはなかった。
 ところが百歳がすぐ目の前になって、負けん気と提携して元気だった自立心に、さすがにやや翳りが見えはじめた。それとともに肉体の衰えも急だ。
 で、女房が手助けに出かける回数が増えた。
 これまでは10日に1泊せいぜい2泊くらいだったのだが、このあいだ1週間ほど家を留守にした。

 その留守中に老人仲間のひとりから電話があった。
 この男は先ごろ、ひょんなことからある女とネンゴロになった。といっても相手は還暦をだいぶすぎた老女なのだが、古希をこえてから自分に女ができるなどとは思ってもいなかったので、いまソートーにのぼせ上がっている。

 彼はデートに行くときはカミさんに、友だちに会うとか図書館に行くとか言って出かけるらしいのだが、やはりあれこれかなり気をつかうらしい。
 その友人に、「今うちはカミさんが1週間ほど留守だ」というと、いいなあ、とえらく羨ましがられた。”鬼の居ぬ間に洗濯” がたっぷりできるねぇ・・・と。
 この男は驚いたことに、恋をしてから見た目が5,6歳は若返った。かなり念入りに “洗濯” をしているのにちがいない。何を洗っているのか知らんが。

 で、わしだが、実をいうと、友人に羨ましがられるような洗濯はできなかった。
 いや正直にいえば、カミさんのいなかった1週間、興ざめなことばかりとネンゴロになった。
 
 何よりまず食事。
 わしは「老いらくの恋」などにはもはや食指は動かないが、食べものへの欲は衰えない。いやどうかすると、若いときより欲望は強いかもしれない。他にエネルギーを向けるべき対象がなくなったので、単純に食うことにすがりつくのかもしれない。
 
 カミさんは泊りがけで家を空けるときは、わしにもできそうな料理のレシピを紙に書いておいてゆく。
 そのレシピが、アレをしろコレをしろと言うとおりにアレコレすれば、それなりのものができるはずだと思っていたら、なぜかそれなりのものができない。要するに美味くない。
 もし仮にカミさんのつくるものをA級料理とするならば、わしがつくると、同じ材料・同じやり方でやってもなぜかB,C級になってしまう。へたをするとD,E級にまで転落する。
 
 こういうことになる理由のはっきりしている。
 なにより作業の手順やタイミングが悪いのだろうが、わしが思うに調味料が大きい。調味料がカミさんのレシピが指定するとおりに入っていないのだ。
 なぜ入っていないかというと、指定された調味料がわしにはなじみが薄いことが一つ。戦中戦後に育って土手の草をつんで食べてたわしには、近ごろの料理に使われる調味料は、ギリシア語やヘブライ語みたいに縁が遠い。

 もう一つは見つけるのに手間がかかること。棚に同じような調味料の瓶がズラズラ並んでいて、それを一つひとつ手に取ってラベルを確かめるには根気がいる。いや根気はあっても読めない。字が小さいからだ。(だからってなんとかルーペを買う気はないよ)
 そのうえ、中には日本語じゃないラベルも混じっている。山ヒルが横一列にならんでくねくねダンスを踊っているような文字を見て、中身を特定できるわけがない。

 そこで、ま、いいか、醤油・味噌・塩といった基本的な調味料は入っているのだから・・・と安きへ逃げる。と、正直なものでちゃんと味に出る。
 
 先にも述べたように食べることが最大の楽しみなのに、まいにち口にするものが不味いというのは、味気なさを通りこして人生をミジメにする。

 こうしてわが “鬼の居ぬ間に洗濯” は、友人の羨望とはかけ離れた干し上がりになったのである。
 
 思うようにいかないのが人生だからなァ。

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