あと3ヵ月で百歳になる義母が・・・(2)

絶望

 脳梗塞で倒れた百歳義母のつづきである。
 
 主治医(男性)は、パッと見には30歳くらいの若い人に見えた。
 えッ、こんな若い先生で大丈夫なの?・・・などとつい、あからさまな自己中が頭の中をひと回りしたが、もちろんそれはオクビにも出さなかった。はばかりながらダテに年はとっていない。

 ただ年をとると、若い人(青年や壮年)が実際以上に若く見える。なぜか分からん。とにかくこっちが年をとればとるほど、その落差が大きくなる。研修医を見て、なぜこんなところに中学生がうろちょろしているのか・・・と思ったことすらある。
 最初は30歳前後に見えた義母の主治医も、その後よく見ると、どうやら40代半ばくらいらしい。ま、どうでもいい話だけど・・・。
 
 問題は義母である。
 梗塞は左脳で起きていた。それもかなり広い範囲で・・・。その部分はCT画像では白くなっている。脳内にふわふわした白雲がかかっているようだ。
 その白い部分の細胞が壊死しているという。
 その結果、あらゆる言語関連機能等を喪失し、右半身が完全に麻痺した。
 食べることも飲むこともできない。
 
 集中治療室のベッドの上に寝かされている義母は、一見意識がないように見える。名前を呼んでも、体に触っても、反応がない。いわゆる植物人間状態。
 だがしばらくすると、瞼がかすかに動いたように見えた。顔を近づけてよく見ると、うっすらと目が開いている。
 
 その糸のように細く開いた目は、何かを含んでいるように見える・・・と女房は言う。
 何かとは、要するに人間の感情だ。
 つまり一見意識を失っているように見えるが、そう見えるだけではないのか。
 細胞が壊死したのは左脳の一部。それ以外の脳細胞はまだ生きて働いているはずではないか。
 ただ言語機能が失われ、体の右半分がマヒしているので、そして左半分ももともと筋肉が老衰しているから、呼びかけに反応できないだけなのかもしれない。
 
 だとすると、少なくとも意識の一部はなお生きている。
 とすると、その残った意識で義母はいま何を思っているのだろうか。

 ふとそう考えると全身が冷えるような気がした。

 わしにはくり返し見る怖い夢がある。
 昔はたびたび見た。今はへって数年に1回ていどだが、まるい高層ビルのように巨大な桶のなかに落ちこむ夢である。桶のなかには黒い冷たい水が深く湛えられていて、かろうじて首だけ出して立ち泳ぎしながら助けを求めるのだが、応答はない。
 桶の中にはほとんど光はなく、はるか上方に出口が見えて青い空をまるく切り取っているのだが、それはテニスボールのように小さい。

 助けを求めて絶叫する自分の声は、暗い巨大な桶の内壁に空しく反響するだけ。外部からの反応はまったくない。
 暗黒の孤独感と底の無い恐怖。

 それで息がつけなくなって目が覚める・・・。
 
 義母はいまベッドの上に横たわって、自ら動くことも声を発することもできない。思いや気持ちを表現する手段をもたない。
 それでもなお意識や感情が残っているとしたら・・・と考えたときわしの胸によみがえったのが、この巨大な桶の中に落ちこんで助けを求める夢の感覚だった。
 
 人間の一生にはいろいろなことがある。いいことも悪いこともある。
 だが、人生の最後に、もしこのような目に会わなければならないとすれば、人間とはなんという因業な生きものであろうと思わずにいられなかった。

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あと3ヵ月で百歳になる義母が・・・(2)” に対して 2 件のコメントがあります

  1. むらさき より:

    心配ですね。
    自分から何もできなくても、耳は聞こえていると、また最後まで残る器官も耳であると私たち看護師は教育を受けています。
    なので、必ず普通に声をかけてケアを行うんです♪
    どうぞお見舞いの際には「また来たよ。今日はお天気が良いよ。動けないからしんどいね。頑張っててよ。また来るから」と普通に話しかけてあげてください。もし目を開けることが出来なくても、声と言葉で安心できると思います。私はそう思っています。

    1. Hanboke-jiji より:

      コメントありがとうございます。
      プロの看護師さんからこういう言葉を戴けると、
      初めての経験なので、とても心強いし、ほっと
      安心する気持ちになります。
      あまり明るい楽しい話ではないのですが、
      誰にも避けて通れない事柄なので、
      あともう一回だけ、この老母のことをアップする
      予定です。

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