ビシッとタキシードを決めたぜ

 高齢になると、とりわけわしみたいに80の老峰を越すと、体の筋肉や脳細胞は下降の一途をたどるばかりで、もはや引き戻すことはできない・・・とこれまでは言われていた。ほとんどそれが定説のようだった。
 
 もうお前らみたいな年寄りは甘いこと考えないで、おとなしくお迎えを待ってろ、と言われてるみたいで気分はよろしくなかった。
 
 ところが最近は、テレビなどに出てくる医学関係者の言うことが少し変わってきた。適切に鍛えれば高齢でも筋力は回復するし、脳細胞だってしかるべく脳に刺激を与えてやれば、あるていど若返らせることさえできる・・・みたいなことを言う医者が出てきたのである。
 
 医者の言うことも、最近はコロコロ変わるのであまり信用できないが、わしは今の話をそのまま現実に体験した。
 
 ここのところずっとこの話しか書いてないが、わしら夫婦は最近引っ越しをした。これにはかなりの筋力を要求される・・・ということもイヤになるほど書いた。
 
 そのうえ老人は動作がのろい。引っ越し準備にしても、若い連中なら1週間たらずで済むところを、2ヵ月くらいかかる(かかった)。
 
 その間、連続して過酷な労働を強いられた。ふだんは重くてもビールの大ジョッキくらいしか持ったことのない人間が、古びてるくせに重さだけはやたらある家具調度品や、時代遅れの大型家電類とタイマンで勝負しなければならない。ガラクタを詰めこんだダンボール箱を、ヘソやチクビより高いところに積み上げねばならない。枯れた手足には少々負荷がかかりすぎる。
 
 最初は絶望的気分だった。こんな力仕事できるわけないよと思った。が、背に腹は代えられないので、ヒーヒー言いながらもやっているうちに、3週間もすると(最初の頃に比べれば)多少荷が軽く感じられるようになったのである。高齢でも刺激を与えれば筋力は改善する・・・というのはこれかと思った。
 
 話は変わる。
 引っ越しをしたあと次々と出てくるものがある。不用になったダンボール箱だ。それをツブして平たくし、4,5枚ずつ紐でまとめてゴミ収集に出す。その作業はもっぱらわしの担当だった。
 
 始めのうちは、見るも情けない仕事ぶりだった。独り者が起き抜けに寝巻きで出てきたみたいに紐がだらしなくゆるんで、ゴミ収集場に運ぶ途中で崩れて紐から抜け落ちた。
 
 しかし回を重ねるうちにだんだんサマになった。ダンボールの端をきれいに揃える方法、ゆるまない紐の締め方、美しい結び目のつくり方などが上達して、みごとな仕上がりぶりを見せるようになった。もちろんゴミ収集場に運ぶとちゅうで崩れたりしない。しなびた何かがポロリ、なんてこともない。
 最後のほうになると、ビシッとタキシードを決めた若いイケメンを見る中年女のように、自分がまとめたダンボールを壁に立てかけてホレボレと眺めたこともあったほどだ。
 
 こうしたわしの体験を振り返って吟味してみると、たとえ高齢になっても、筋力だけでなく脳細胞の改善も期待できる・・・と医者が言うのは事実ではないかと思った。
 
 ・・・なんてことが言えるのはお前が “太平楽” だからだ。
 と突っ込まれるのは分かっているよ。言いたいヤツは言ってよい。その通りだから。
 だがわしも言っとくよ。
 自分の田んぼに水を引くようなタイヘーラクをヘーキで言えるようでないと、この年になって引っ越しはできない。ヒマラヤ山中で遭難死する。
 

        お知らせ
当ブログは週2回の更新(月曜と金曜)を原則にしております。いつなんどきすってんコロリンと転んで、あの世へ引っ越しすることになるかもわかりませんけど、ま、それまではね。

ポチッとしてもらえると、張り合いが出て、老骨にムチ打てるよ

にほんブログ村 その他日記ブログ 言いたい放題へ
(にほんブログ村)

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です