色目を使う淑女犬

 その犬は、スーパーの駐車場の端っこの方で電柱に繋がれていた。

 犬に詳しくないので犬種は分からないが、全身がオシャレな感じに手入れされたスレンダーな大型犬である。いうなら “上流階級の品のいい淑女って感じ。
 
 わしのような昔人間は、こういった犬の飼い主は金持ちだと思いがちだが、最近は金持ちでなくても自分の代わりにこういう犬を飼っている人もいるから、飼い主が金持ちかどうかは分からない。
 
 ともあれその犬は、スーパーの駐車場の端っこの、ひとがあまり来ない場所につながれていて、飼い主が買い物をすませて戻ってくるのを待っていた。
 
 だが、そこらへんの凡犬がよくやるように、せわしげに首を伸ばしたり、中途半端に尻尾を振ったりして、まだかいな、まだかいな、とそわそわイライラしている感じはない。前脚をきちんとそろえて座り、そこからはかなり遠くにあるスーパーの出入り口の方へ、行儀よく目をやっている。まるで玄関先におかれた犬の置き物のように。
 
 その犬から3,4メートルほど離れたところに、人間用のベンチが置いてあって、たまたまわしはそこに座っていた。わしも飼い主・・・じゃなかったカミさんが買い物を済ませて戻って来るのを待っていたのである。
 
 ちょっと話がそれるが、わしは毎日「眼球運動」というのをやっている。
 この眼球運動については、それをやる理由とその結果の悲喜劇を『ボケじじィの“にらみ”(上・下)』と題して書いているので参照していただくと今回の話も分かりやすいが(→こちら、要するに眼の筋力をきたえるために、目玉を上下左右に動かしたりぐるぐる回したりする運動である。それを毎日一定時間やることをわしは自分に課している。
 
 で、話を戻すが、スーパーの駐車場のベンチに座ってカミさんを待ってる間、なにしろ手持ちぶさただし、時間の有効利用にもなると思って、その “眼球ぐるぐる運動” をやっていた。
 
 その最中だった。強い視線を感じた。
 で、視線がくる方へ目をやると、3,4メートルほど先にいる例の淑女犬が、すっと目をそらした。そして飼い主の出てくるスーパーの出入り口の方を見た。それまでもずっとそっちを見ていたかのように。
 
 だが、明らかに彼女はこっちを見ていた。
 
 わしは思った。あの犬はわしをウロン臭いと思ったにちがいない、と。
 貧血とか低血糖で目を回したわけでもなさそうなのに、目玉を風車みたいにぐるぐる回転させているヘンなじじィがいる。ワタシの気を引こうとしてるのか知らん・・・と。
 
 わしは何となくイマイマしい気がして、それからその淑女犬を意識した。そして何気ない風を装いながら、こっちもチラチラと彼女の様子をうかがった。
 
 何回目かのチラ見をしたときだった。
 ちょうど向こうもこっちを見て、真正面からばっちり目と目が合った。
 
 わしは反射的に慌てて目をそらした。
 そして思った。なにをオタオタしてるんだ。相手は犬だぞ。上流淑女風だとはいえ犬なんだ。目が合ったからといって、なにも慌てふためくことはない。いい年をして・・・。
 
 わしは内心ニガ笑いしながら、犬にまた目を戻した。
 犬はまだこっちを見ていたが、またしてもすっと目をそらした。
 
 明らかにわしを意識している。あんたなんか意識していないわよ、というふうに意識している。
 
 犬を飼ったことがないので犬の心理はよく知らない。
 だがこういう、まるで人間同士がやるような心の動かし方を犬もするのかと驚いた。
 
 飼ったことはないが多くの犬は見ている。だがこんな応対をした犬は初めてだ。
 
 いくつになっても新しい見聞というのはあるもんだねぇ。
 長生きのチッチャな楽しみだな。
 

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