おたがい人間

 応対に現われた職員は、最初からどこかイヤな感じを与えた。

 ボーイッシュなヘアスタイル、40歳前後、小柄小太りの女性市職員である。丸い顔に似合わない太いアイシャドーを目のまわりにしていて、マンガなどに描かれる子狸にどこか似ていなくもない。
 
 確定申告について訊ねたいことがあって、先日、役所の税務課を訪ねたときのことである。
 黒丸にかこまれたその小さな光る目がわしを見て、「どんくさそうな爺さんだな、めんどくさそう・・・」と言っていた。
 
 当方が、訊きたいことの中身をすべて話し終わらないうちに、子狸市職員はしゃべり始めた。
 
「すべての人が確定申告をしなければならないというわけではありません。お客様のように高齢で収入が年金しかない方で、その年金額が400万円以下の方は申告をする必要はありません。しかしそういう方でも、申告してはいけないということではありません。特に、ハガキで届いているはずの昨年の源泉徴収票に、1円でも所得税が天引きされている記載があれば、確定申告をすると、場合によってはお金が還ってくることもあります。さらに・・・」
 
 ここらあたりまではまあいいとしても、このあと、わしが知りたいわけでもない税金や確定申告の話を、専門用語を多用しながら滔々と話し続けた。
 口を挿めるスキはなかった。
 
 勝手にしゃべり勝手にしゃべり終えた職員は、分かりましたか?・・・といった上から目線でわしを見た。
 
 正直、彼女が話したことの大半は分からなかった。しかし訊きなおす気にはならなかった。もう一度、子狸の機関銃がくり返されるだけだという気がした。わしはあいまいに頷いてカウンターの前を離れた。
 
 帰り道、妙にハラが立った。
 ほんらい市民へのサービスが役所の仕事ではないか。ああいう対応をされて、何も言わずに引き下がってきた自分にハラが立ったのである。そのことが腹のなかでブツブツ醗酵して気分が悪かった。
 
 家に帰ってからカミさんに、その腹のなかで悪臭を放っているものを吐き出した。
 話し出すと止まらなかった。市職員の応対のひどさはもちろん、彼女の服装からヘアスタイル、化粧の仕方まで余計なことまで一気にしゃべった。
 
 しゃべり終えてホッと肩から力が抜けると、カミさんの様子が目に入った。彼女はべつだんわしの話に興味を持って聞いていたようではなかった。話しているうちは、そんな彼女の様子がわしの目には入らなかった。
 
 そのことに気づいて思った。
 あの女は、あさ出がけに夫婦喧嘩でもしたのにちがいない。そのことで腹のなかのものが醗酵して、たまたま目の前に現れたどんくさそうな爺さんに吐き出したのではあるまいか、と。
 
 そう思うと何となく許せる気がした。
 おたがい人間だもんねぇ。
 

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