突然の訪問者

突然の訪問者

 先日の朝、わしの部屋にカミさんがやってきて、
「ヘンな鳥がベランダにいるの」と言う。
 
 その鳥は、カミさんの部屋に面しているベランダの、床面の中央にうずくまっていた。

 スズメとかメジロサイズの小鳥ではない。かなり大きな鳥だ。鳩より一回り小さいくらいか。それに、ここら辺りではあまり見かけない鳥である。

 なぜかこの鳥サン、わしらがベランダへ出るガラス戸を開けても逃げない。

 わが家は小さなマンションの2階だが、そのベランダの欄干に鳥が飛んでくることはたまにある。
 どんな理由、もしくは目的でくるのかは知らない。じいさんばあさんの古びた顔をひと目見たい・・・というわけではあるまい。

 というより逆だろう。わしらがじっさいに顔を見せると、彼らはすぐ飛び立って逃げる。図々しいカラスでさえ逃げる、(ばっ)カァ~と捨てゼリフを残して・・・。
 ところがこの日の見知らぬ鳥は、わしらが戸を開けて顔をふたつ(大した顔じゃないが)並べても、逃げないでじっとしている。
 
 わりと風の強い日だったので、どこかから吹き飛ばされてきたヒナかと思った。
 だがそう考えるには少々ムリがあった。飛べない鳥は単なる物体だ。その物体を運ぶにはかなりの(台風なみの?)風力が必要だろう。風の強い日だったとはいえ、その日の風にそこまでの実力はなかった。

 引っ越してくる前の家で、2度ほど、窓ガラスに映る外の風景を実物と見まちがえて突っ込んできた小鳥がいた。
 1匹はそのまま死に(「禁じられた遊び」みたいに庭に埋葬してやった)、別の1匹は10分ほど後に息を吹き返して慌てて空へ飛び立った。鳥にもそういうオッチョコチョイなのがいるのだ。最初はその類かと思った。

 しかし今回はそれではないと思い直した。近くを飛んでいて、瞬間的な強風にあおられて何かにぶつかり、脳震盪を起こしてたまたま当方のベランダに落ちてきた、と考えるほうが現実に近いかも・・・と。
 カミさんは(鳥が)ガラスにぶつかる音を聞いていないし。
 
 ・・・などと考えながら、ただぼーっと見ているだけでは落ち着かないので、スリッパをはいてベランダに出て、ゆっくりと近づいてみた。
 が、やはり逃げない。
 さらに鳥の前方にまわって、しゃがみこみ、30センチほどの近さから覗き込んだ。
 やはり動かない。
 
 隣にいるカミさんがそろそろと手を伸ばして、人差し指1本で、半分こわごわといった感じでそっと鳥の頭をなでた。
 それでも、逃げない。じっとまぶたを閉じたままだ。
 
 そういう姿を見ると哀れの情がもよおす。
 犬や猫、人間でもそうだが、歯向かってくると憎ったらしいけど、無抵抗で弱々しく、救いを求めているふぜいだと同情心が湧く。
 もっとも相手が人間のばあいは気をつけたほうがいい。そういう心理を逆用して “か弱さ” を装い、他の目的のために近づいてくるあくどいのがいるから。
 
 人間はさておき目の前の鳥だ。
 何らかの理由で傷ついているのはまちがいないと思えた。動けないようだから、なんとかしてやりたいと思うのだが、何をどうしてやればいいか分からない。
 
 そこでわしらは逃げた。
 向こうが逃げないのでこっちが逃げた・・・なんてサマにならない話だけど、何をすればいいか思いつかなかったのだから仕方がない。しばらくこのまま様子を見てみようや、ということにしたのである。
 これ、人間の政治家がよく使う逃げの手ネ。”静観する” という言葉を使って・・・。
 
 で、2,30分くらい静観しただろうか。
 ベランダに戻ってみると、まだ同じ姿勢のままでいた。
 ただ、さっきいたところから1メートルほど離れたところ移っていた。
 ということは動ける・・・少なくとも歩けるということだ。
 さっきはうずくまっていので、羽毛の下に隠れてみえなかった脚が、今は体の下にちゃんと2本出ている。
 
 軒先にぶつかったショックから、少しは立ち直ったのかもしれない。
 カミさんがふたたびベランダに下りて、鳥のそばにしゃがみこみ、手を出してさっきと同じように頭をなでた。
 やはり騒いだり逃げようとしたりしなかった。
 だが今回は目を開いて瞬きをした。

「すこしは元気になった?」
 カミさんが鳥に話しかけた。
 ハイ、オカゲサマデ・・・なんて答えるわけはないが、先ほどより、あるていど元気を回復したのは間違いないようだった。
 
 わしはふと、体を空へ放り出してやれば、そのまま飛ぶのではないかという気がした。
 だが、もし羽の骨でも折っていれば、飛べずに1階の地面へまっすぐに落ちて、怪我を大きくする可能性がある。
 
 カミさんとしばらくそんな話をしたのち、とりあえず鳥をベランダの床から拾いあげて、欄干の上へ移してやろうということになった。欄干の上は20センチほど幅がある(→冒頭の写真参照)。そうすれば、もし飛べるのなら飛び出しやすいだろうと思ったのだった。
 
 両手のひらの中に鳥の胴体を挟んで持ち上げた。
 意外と軽かった。
 暴れたり騒いだりせず、されるがままにじっとしている。
 やっぱりだめかな・・・とわしは頭のなかでチラリと思った。

 ベランダの欄干の上に移された鳥は、床にいたときと同じ姿勢で、そのままじっとして動かない。
 
 その姿を写真に撮ったりして、しばらく様子を見ていたが、やはりぜんぜん動かない。やっぱり羽の骨でも折っていて飛べないのだろう、と不安になりかけたときだった。
 いきなり鳥が両翼を広げた。
 アッ! と思うまもなく、バサッバサッと意外に大きな音をたてて、鳥は欄干から飛び立った。
 ややぎこちない感じはあったが、そのまま羽ばたいて、あれよあれよという間にどこかに飛び去り、姿が見えなくなった。
 
 つい数秒前まで、すぐ目の前の手の届くところに確かに存在していたのに・・・手のひらに鳥の羽毛の感触がまだ残っているのに、突然のようにその姿が消えて、どこにもその存在がなくなった。
 とつぜん視界が裏返り、一瞬、世の中が空っぽになったような気がした。
 
 わしらは夢から覚めた後のように、ふたりしてアホみたいにボーッとベランダに突っ立っていた。

 書留郵便と宅配便以外、ほとんど訪問者のないわしらの日常に、とつぜん予期せぬ訪問者がやって来て、小さなさざ波を立てて去って行ったという、ささやかで小さな非日常の出来事だった。
 

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