真夜中にいきなり吼え出した

深夜の咆哮

 ぐっすり眠っていたらしい。
 最初は夢の中だった。
 どこかで異様な音がしている。
 何だ、なんだこの音は? と夢の中で思ったように思う。そのあと急速に覚醒してきて目が覚めた。

 暗闇のなかで、最初は自分がどこに居るのか分からなかった。以前に住んでいた家にいる感覚があったが、いやちがう、今はべつの場所に引っ越したんだ・・・と現実にもどって、ようやくなにか大きな音がキッチンの方でしていることに気づいた。

 ベッドを降りて、キッチンへ行った。
 音の出どころは冷蔵庫だった。音はそうとうに大きい。
 すでにカミさんも起きて出していて、顔をこわばらせている。
 集合住宅なので隣を気にしているのだ。なにしろ深夜だ。

 わが家の冷蔵庫は図体がかなりデカく、キッチンの場所ふさぎになっている。だがこれまで理由もなく(…いや理由はあるのだろうが)こんな大きな音を出したことはなかった。しかもこれまで聞いたことのないような音だ。どデカい白熊がいきなり立ち上がって、赤い口をあけて、異様な声で咆えだしたかのような感じで、ビビッた。

 何とかしなければならない。
 壁1枚向こうの隣家の人たちを叩き起こしてしまう。

 本物の白熊なら、そのうちのどが疲れて黙るだろうが、この白熊は電気仕掛けだ。それが分かっていながら、ただボーッと突っ立っているようでは、特養老人施設に入るのが適当だ。
 
 そこに気づいて、とにかく何かしなきゃあと扉をあけて庫内を点検した。
 点検するといっても何を点検すればいいのか分からない。
 とにかく、いっぱいに詰まっているさまざまな食材を、カミさんがいったん外へ出して、整理して入れ直した。冷凍室のあちこちに凍り付いていた氷を、削り取りもした。
 
 しかし、冷蔵庫の音は止まらない。なお不満そうに吼えつづけている。
 
 処置に窮した。完全にお手上げ。泣きたくなった。
 
  ・・・といってそのまま白熊の咆哮を放置しておくわけにはいかない。くり返すが深夜だ。

  そこで、この白熊が電気仕掛けであることに改めて気づいた。
  電源を切る。それ以外にない。
  冷蔵室に詰まっている食材は腐敗しはじめ、冷凍室の中身は解けて水っぽくなるだろうが、仕方がない。四の五の言っている場合じゃない・・・と自分に言い聞かせて、
 
  コンセントから電源コードを抜いた。
  咆哮はやんだ。
  ウソのように静かになった。
  深夜はこうあるべきだ、というような静けさ。
  ホッとして、「電気というのはエライもんだ」と方向ちがいの感心をした。

  ふと思った。電源を抜いてから入れ直せば、異常は収まるかもしれない。パソコンは不具合になったとき、いったん電源を切って再起動すると、改善する場合が多い。
 
  5分ほど待ってからふたたび電源コードをコンセントに差し込んだ。
  とたんにまたさっきと同じ咆哮!
  ああ、ダメか!
  慌ててふたたびコードを抜く。
  ひょっとしたら・・・という期待がつぶれてがっくり。
 
  改めて、庫内の多くを捨てる覚悟をする。

  だがそのあとでふと、冷蔵庫サンを休ませる時間が短すぎたのではないか・・・と思った。もっと時間を取ってから、もう1回電源を入れてみてはどうか、と。

  キッチンタイマーを2時間後にセットした。
  抱いているお気に入りの人形の腕が取れてしまった女の子が、未練げに腕を肩先へ押しつけてるみたいで、なんとなく情けなかったが・・・。
 
  もはや眠れないので、新聞を読みながら待った。
  ここ数日、用があってしばらく読めなかった新聞が溜まっていたので、ちょうど良かった。
 
  意外に早くアラーム音が鳴った。
  でも時計をみるとちゃんと2時間過ぎている。ひょっとすると途中で寝たのかもしれない。老人の得意芸だから。

  立ち上がって、冷蔵庫の電源コードを手に取った。
  祈るような気持ちで、ふたたびプラグをコンセントに差し込んだ。
 
  激しい咆哮!
 
  今さらビックリすることもないのに、ビックリしてプラグを引っこ抜いた。
 
  淡い期待は文字どおり淡雪と消えた。
  ようやく完全に諦めた。翌日、修理屋に電話して来てもらう以外にない。修理代をボラレルかもしれないが、しょうがない。生活必要経費だ。
  そう思い直してベッドに入った。しばらく眠れなかった。
 
  翌朝目を覚ましたのは遅かった。
  修理屋に電話しなければ・・・と取扱説明書を探した。たしか裏表紙に故障の際の連絡先が書いてあったはずだ。

 だが、昨年引越したときのドサクサにまぎれて、見つからない。ツイてないときはツイてないな、などと当たり前なことをぼやきながら、ふと思った。最後に電源を抜いてから6,7時間は経っている。冷蔵庫は十分に休んだはずだ。
 
 そう漠然と思いながら、大して期待もせずに、抜いてあった冷蔵庫の電源コードをコンセントに差し込んだ。
 
 音がしない!
 
 ブーンとかすかにモーターが回りはじめたらしい音がするが、これは冷蔵庫がまじめに働きはじめたことを示す正常音だ。何時間か前の、わがまま勝手に吼えまくった白熊の怒り声ではない。
 
 だがすぐには安心しなかった。しばらくするとまた機嫌を損ねてるかもしれない。
 
 ところが1時間経っても2時間経っても静かだった。
 いや半日経っても1日経っても、まじめに働いてるぞ的な正常音を出していた。
 
 いったい何だったのだ、前夜のあのヒステリックな吼え声は?!
 
 冷蔵庫が機嫌をなおしてくれたことを喜びながらも、そう思わずにいられなかった。
 何が原因もしくは理由だったのか、素人にはまったく理解できない。
 6,7時間、電源を切っておいただけで、まったく何もしなかったのに、この大きな変化は何なのか。
 
 現代は便利になったが、あちこちブラックボックスだらけだ。
 ある意味で現代人は、ブラックボックスの中で生きているとも言える。
 
 考えてみると何やらコワイ。・・・ではないか。
 
 蛇足。
 朝、カミさんがいちおう隣家へ謝りに行ったら、何も聞こえなかったと隣家の奥さんは答えたそうだ。

 心やさしき日本人? それともこれもブラックボックス?
 

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