敵こそ味方

誰が敵か

「大工殺すにゃ刃物はいらぬ、雨の三日も降ればよい」
 という俗言を前回で取り上げたら、まったく別の内容の、同じような言い回しを思い出した。

 話がちょっと横にいくが、つい最近も、日本に長く住むどっかの外国人が書いていた。
 日本人が口にする言葉はそのままには信用できない、と。

 たとえば誰かにおよばれしたとき、出された料理を日本人は100%「おいしい」と言う・・・という。
 だがその料理が実際においしいわけではない。そもそも口に入れたとたんに言うのだから、料理を味わってるヒマはない。

 つまり日本人は、ご馳走してくれた相手に気を遣って[おいしい」と言うだけで、じっさいの料理の味とは無関係であると。
 
 相手に気を遣うというと聞こえはいいが、(まあ実際相手に嫌な思いをさせないように・・・という思いもなくはないが)、それだって結局、自分が相手に悪く思われたくないからだ。
 
 つまりここでは、社交辞令的な言葉のやりとりはあっても、真の意味でのコミュニケーションはない。
 
 それだけならまだいい。
 社交辞令を装いながら相手に毒を流す、というあくどいことも、日本人に限らず人間はときにやる。
 
 わしは若いころ一時期芝居に関係していたことがあるが、そのころちょくちょく演劇界で耳にした言葉がある。それを思い出した。
 
「新人殺すにゃ刃物はいらぬ。何はともあれ褒めれりゃいい」

 俳優でも劇作家でも演出家でも、ときおりオッと目を瞠るような才能を感じさせる新人が出てくることがある。
 
 そういうとき先輩たちの気持ちはちょっと複雑だ。
 その新人がそのうち自分の居場所を奪うかもしれないと思うからだ。
 
 で、まだ芽のうちに摘んでおこうとする、悪らつな奴も出てくる。
 そのとき何をするかといえば褒めちぎるのだ。
 
「持つべきものは友である」という言葉は今でもちょくちょく耳にするが、大シェイクスピアは反対のことを言っている。「持つべきものは敵」であると。
 彼は喜劇『十二夜』のなかで、次のように登場人物のひとりに言わせている。

「友だちはおれをほめあげて馬鹿にするが、敵は正直に馬鹿だと言ってくれるのでね。つまり敵によっておのれを知り、友だちによっておのれを欺くってわけだ」(小田島雄志訳)

 わしの貧しい84年の人生経験を通した感触でも、この言葉は事実に近い。(そのものずばりの見本のような実体験もしている)
 特に日本人の9割方は、相手の悪い部分・マイナス部分をその通りに言う人はまずいない。その結果改善の機会を失わせ、場合によってはテングにさせてより悪くする。
 
 かといって本当のことを言ったら、相手は感謝するどころか内心に反感を抱く。多くは嫌ったり遠ざける。
 どっちもどっちだ。
 
 ま、ことほどさように人間という生きものは、愚かな上に面倒クサイ生きものだってコトね。
 はばかりながらあっしもその一匹でござんすが・・・。
 

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