ある男

ある男

 知人にTさんという男がいる。歳はわしより2つ上だ。
 現役時代はメガバンクの行員。
 付きあうようになって10年を超えるが、未だにどういう人間かよく分からないところがある。
 
 知り合ったのは、モノを書くのが好きな年寄りの集まる同好会である。
 彼はその同好会の発起人のひとりで、2代目会長として、もうすでにだいぶ長いあいだ会のまとめ役をしている。
 
 人の集まりごとが嫌いなタチだけど、恩義ある知人の強引な誘いを断りきれずに会に参加したのだが、最初の日、Tさんはこんなことを言った。

「この会は四方八方自由だよ。出るのも入るのも自由。何を書くのも自由。マスをかくのだけは自宅でやってもらいたいけど、それ以外なら何を書いてもOK」と。

 つまり、小説でもエッセイでも手記でも、そのどれでもない訳わからん文章でも大丈夫。
 現役時代は重役だったという自慢話、生涯平社員だったという嘆息話、生まれてから抽選が1度も当たったことがないという貧寒話、一攫千金を夢見て大損をしたという傷心話、実はかつての上司の奥さんと・・・といった希有な不倫の体験話など、すべてOK・・・という。

 Tさんは大柄だ。太った大きな体の上に乗っかっているやはり大きな丸い顔は、いつもニコニコしているわけじゃないんだけど、なぜか始終にこにこしているような印象を与える。
 いうなら俗っぽい “えべっさん” の分家みたいな顔。
 この顔が、会をまとめるのに役立ってるんだろうな、と最初のころわしは思っていた。
 
 が、そのうち、その穏やかな顔の真ん中から、こんな剣呑な言葉も出てきた。
「人間は少々のことなら悪いことをしてもいいんだ。見つからなきゃあだけど・・・」

 話の成り行きで冗談半分に言ったのではない。彼は心底まじめにそう思っている。たくさんある彼の少々特異な持論の一つであることが、その後分かった。
 
 彼の言う “少々悪いこと” というのは、たとえばこんなことだ。
 
 あるとき彼は腕時計を水の中に落としてダメにした。
 防水機能もないくらいだから大した時計じゃなかったが、ないと不便。ふつうならしかたなく新しいのを買う。

 だが彼は近くの私鉄の遺失物取扱所に行って、落とし物の申告をした。本人確認のため運転免許証を見せ、所定の書類に、時計の銘柄を高級ブランドにしたた以外はテキトーに書いて提出した。すると該当の可能性に近い腕時計を数個見せられ、その中から一番気に入ったものを選んで持ち帰った。・・・という。

 彼はその時計をみんなの前で悪びれる様子もなく見せびらかした。
 少なくとも100万円以上はしそうな高級スイス時計だった。彼いわく、
「たかが時計ごときに大金を払うような男は、どうせなにか悪いことをしてあぶく銭を稼いだ奴だ。いちいち落とし物の届けになんか来ないよ」
  
 その反面こういうこともやる。
 同好会のメンバーのなかに独り住まいの老女がいる。冬の寒い日、自分たち夫婦の食事のほかに1人分よけいに妻に作らせて、それを彼女のところへ雨の中でも運んでやる。
 
 小遣い銭が少なくて・・・というメンバーのぼやきを耳にすると、数日後にはどこかからか老人にもできそうな小遣い銭の稼ぎ先を見つけてきてやる。

 一種の親分肌だろうが、そういう彼のふだんの言動にはそぐわないような “善いこと” ことも、思いつたらパッとやる。ただし長続きはしない。心に思っても実際に行動しないわしなどに比べれば、エライ。
 
 彼は現在80歳の半ばを超えているが、書くものの中にも日常の会話のなかでも性的な話が多い。
 ホラ話が多い爺さんの若いころの色じまんとは、毛色がややちがう。現実にいまも色欲が強いらしく、それがしぜんに言動に出てくる感じ。出さずにおれないらしい。

 数年前・・・ということは彼は80歳を超えていたはずだが、そのころでも彼ら夫婦は1週間に1回は必ずセックスすると話したことがある。それもかなり微に入り細を穿った語りで・・・。
 
 彼は話を面白くするために誇張はすることはあるが、無いことを有った話にするような嘘は言わない。
 それでもわしはこの話だけは眉にツバをつけた。自分をふり返るとあまりに違いすぎたからネ。情けない話だけどサ。
 
 また、彼はふつうの人間ならあまり他人にしゃべらないこと・・・自分や身内のマイナス事や差しさわりのあることも、平気で口にする。

 たとえば、自分は子供の育て方をまちがえた。
 その結果息子は反抗してグレまくり、人生の道を外したし、娘は30代にして自殺した・・・などということも隠さないでしゃべる。

 もっともその娘が遺した2人の孫は優秀で、共に現役で東大に合格し、ひとりはソフトバンクで出世街道を驀進中、ひとりは学者として赫赫たる道に歩んでいる・・・といったことも話して、少々自慢っぽい匂いが立ちのぼるのはかくせないけどね。
 
 ま、こういった人間だから、憎めないところがあり、彼を悪くいう人はあまりいない。けれど嫌うひとは徹底的に嫌う。
 
 ま、人間は十人十色、千人千色だから、どんなのがいたっていいだけどサ。
 

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