我田引水

我田引水

 年を取ると、
「○○がないと▽▽ができない」
 というようなことが増える。
 
 たとえば、
「隣に誰かいないと、車の通る道は危険で歩けない」
 などというようなね。

 あるいは、
「老眼鏡をかけた上で拡大鏡を手に持たないと、薬箱の説明書きが読めない」
 などというような。
 
 ほかにもまだあるよ、ごくふつうに生活している時に。
 その一つ。
「ハサミがないとサシミが食えない」というのがある。

 スーパーで、トレイにパックされた刺身を買ってくる。
 で、いざ、自宅の食卓で食べようとすると、刺身じょうゆとか摺りワサビが、小さな袋に入れられて付いてるよね。
 じつはその袋がなかなか開けられないの。
 
 通常そういう袋は、ハサミを使わなくても、手の指で千切れるように作られているはずだ。その証拠に、袋の一部にあらかじめ切れ目が入れてあるものもある。そういうのは老人の指でも切ることができて、ぶじ刺身にありつける。
 
 ところが袋に切れ目が入ってないのもけっこうある。
 その中には腐れ縁みたいに容易に切れないのがある。指先に満身の力を入れて切ろうとするのだが、何が不満なのかガンとして身を開こうとしない。
 
 やっと開いたと思ったら、中身がいきなり袋からピューッと飛び出して、当方の顔に引っかかったりする。刺身ではなく、刺身を食べる人間の顔にしょうゆを引っ掛けてどうするのだ!
 
 そもそも、なぜそんな屈強な袋にするのか!
 ・・・とわしなどは疑問に思うのだが、メーカーの方に言わせると、
「特別クッキョーに作っているわけではございません。通常の強度で設計しております。申し上げにくいのですが、お客様のお指のお力のほうが、何らかの理由でお弱りになっているのではないでしょうか」
 
 お指のお力が何らかの理由でお弱り?
 言われなくても分かることを言うな・・・とわしは言いたい。

 第一、同業者のなかにはそのお弱りになっている消費者のために、ちゃんと切れ目を入れる工夫をしている会社があるではないか。
 
 こういう小さな小さなコトの中に、実はモノづくりの姿勢・・・もっといえばメーカーとしての事業理念みたいなものが見えてくる。いわば企業体質の問題。
 
 過去に当人が病気をした医者の中からしか、真の名医は生まれないと聞いたことがある。
 年を取るということは、ある意味で病人(弱者)になることだ。
 弱者になって初めて、人の世の機微・・・人間の弱さやずるさ、別の言葉でいえば、人間の小さな襞や凹凸が見えてくる。

 年を取るということは、ただ老いボケるだけではない。
 
 ・・・なんて、たまには我が田に水を引くようなこともしなけりゃ、生きてちゃおれんよ。
 

ポチッとしてもらえると、張り合いが出て、老骨にムチ打てます

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当ブログは週2回の更新(月曜と金曜)を原則にしております。いつなんどきすってんコロリンと転んで、あの世へ引っ越しすることになるかもわかりませんけど、ま、それまではね。

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