人生ガチャ

人生ガチャ

 最近ちょくちょく耳にするものに「親ガチャ」という言葉がある。
 
 古臭さでは人にヒケをとらないわしは、うるさく叱ったり文句を言う親のことかと思ってたら、違った。
 確かにそういう親は「ガミガミ親父」とか形容するが、「ガチャガチャ親父」とは言わんワナ。

 で、「ガチャ」だが、コンビニとか駄菓子屋の店先などに、ランドセルの兄貴分みたいな機械が並んでいて、その前で子供たちが何かゴソゴソやってるのを見たことない?
 
 アレ、何をしているかというと、機械に幾ばくかの硬貨をいれて、回転式のレバーを回す、するとカプセルに入った玩具などが出てくる。・・・のだそうだ。
 出てくるものはその時々でさまざま。運がいいとたまに、入れた硬貨より高価なものも出てくる。・・・らしい。

 何が出てくるかはその時の運しだい。当人の努力とか才能とかはまったく関係ない。
 
 まあいわば、射幸心をあおる子供向けギャンブル・マシンみたいなものだろう。その遊び道具を、またその遊びを、機械が出す音から「ガチャガチャ」というらしい。
 
 で「親ガチャ」とは、親の何が「ガチャ」なのか。
 
 最近、これまたちょくちょく耳にする言葉に「学歴格差」というのがある。
 学歴の格差はそのまま、その人間のその後の社会的地位や生活の格差につながっていく。

 そうした差異を生むのは、当人の努力や才能によるもの以上に、親の収入の高低から生じている。そういう因果関係を示す調査データが、最近あちこちから出ているらしい。現代の社会問題のひとつになっている。
 
 つまり所得の低い親に生まれた人間は、一生レベルの低い生活を送らざるをえない。・・・というわけだ。
 
 であるがゆえに、人生であまりうまくいっていな若者は、「オレ、親ガチャで外れちゃったからな~」といって自嘲するという。
 
 たしかに親には当たり外れがある。それは人の世の常であり現実だ。
 その親の当たりはずれが、子の人生に影響を与えるのも現実だ。
 切ない現実だが避けようがない。
 
 親だけではない。
 生まれる国も、人種も、民族も、自分では選べない。
 そのほかにも、ウムを言わさず天から一方的に与えられて、いやもおうもなく受け入れて生きざるをえないモノゴトは、人の世には無限にある。
 
 その意味では、人生はまるごと「ギャンブル」である。
 ま、いうなら「人生ガチャ」。

「ガチャ」でこの世に出てきたあと、努力や才能によって多少変わる部分もあるが、その才能はもちろん、努力が出来るか出来ないかの資質だって、「ガチャ」であらかじめ与えられている。
 くり返しになるが「人生は究極のガチャ」だ。

 とはいっても、「オレは人生のガチャに外れた」といって、それを免罪符のように額に貼り付けて何しないで生きていれば、人生はますます悪くなる一方だろう。
 
 やっぱり「外れは外れ」なりに出来る範囲で努力をすれば、少しは上向くこともあるだろうし、次のレバーを回す機会がきたときに、ドカンと大当たりすることもあるかもしれない。

 なんて、エラそうなこと言える人間じゃござんせんけどね、あっしは・・・。
 わしには子供がいないが、いたらまあ、「親ガチャで外れた」と言われるのは確かだナ。
 

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