ツイてない日(上)

歩く老人

 わしが住んでいるのは小さな町だが、図書館はある。
 だが小さいので蔵書数はあまり多くない。
 新聞の書評欄に紹介されるたぐいのちょっと込み入った本は、所蔵していないことが多い。図書館のwebサイトで検索すると、多くは「該当する資料はありません」という素っ気ない返事が返ってくる。思春期のころ、熱い気持ちで出したラブレターに、1,2行の冷たい返事が返ってきた時の気分に似ている。

 週刊誌なども、三大新聞社が出版している週刊誌は置いてあるが、大手出版社が出しているものでも、グラビアに女性の裸を載せるたぐいの、やや品の落ちる週刊誌は置いていない。公共図書館としての見識だろう。

 しかし、定年でヒマになったがエネルギーはまだそれほどヒマでもない前期高齢者の男性来館者は、内心ちょっとザンネンに思っているのではないか。この手の週刊誌は、自宅の居間でゆっくりグラビアページを拝見するわけにはいかないから。
 
 隣市にある市立中央図書館はやや大きい。蔵書数も多い。
 わが町立図書館にはなくても、この市立図書館には置いてあるケースはちょくちょくある。
 で、そういう本はこちらで借りる。隣町の住民でも登録すれば利用できる。パソコンで予約を入れておくと、用意ができたらメールがくるので、受け取りに行く。
 歩くとだいだい45分くらいかかるが、足腰を鍛える運動の機会なので、ケナゲにもあえて歩いて行く。

 歩き始めて15分くらいはいい。幼稚園児みたいに腕を大きく振り、足も歩幅を気前よく広げて、オイッチニオイッチニっという感じで歩いていく。天気の良いときなど気分も快適だ。

 若いときは恋をすると生き生きするが、老人が生き生き生きるには恋より運動である。この年まで生きてりゃそれくらい分かる。で、歩く。

 しかし20分もするとその元気に翳りが出る。
 たったの20分で? 早いじゃないの、と思われるかもしれないが、それが80半ばの老人の現実だ。手の振りも足の幅も徐々に元気を失う。
 しかも道のりはまだ半ばだ。
 
 それから先はひたすらガマンして歩く。
「ナンマイダー、ナンマイダー」のかわりに、「ウンドー、ウンドー、ゲンキのもと」と口のなかで唱えながら、ひたすら隣市の図書館をめざす。若いころ『青年は荒野をめざす』という小説を読んだことがあるが、年を取るとめざすところが変わるのは仕方がない。
 
 ようやく建物が見えてくる。ほっとする。一刻も早く、一般閲覧室の安物ビニール製長椅子に腰を下ろしたい。
 
 だが近づくと様子が少し変だった。図書館の入り口付近がへんにしんとしている。いつもは人の出入りで動きがあるのに・・・。
 まさか・・・ヤナ予感。
 いや、それはない。休館日は昨日だった。確認してある。
 
 ところが何ということだろう! 予感どおり、入り口のドアの把手に「本日は休館日」の札がぶら下がっている。ナゼだッ?
 
 ここまできてようやっと気づいた。
 前日は国民の祝日だった。それで休館日は翌日・・・つまり今日に振り替えられたのだ! 図書館によくある”休館日の翌日順延”。
 
 バカモン、なぜそこに早く気づかなかったのだ!
 ・・・とおのれの頭を叩いても遅い。もうすでに玄関ドアの前まで来ちゃってる。
 思いっきり天を仰いだところで、ドジを取り消せるわけではない。
 できることは、いま来た道をもう一度歩いて、家に帰ることだけだ。
 
 じつはわしは、すぐ自分に甘くなるおのれの性癖を自覚するがゆえに、この隣市の図書館へ来るときはいつも、あえてバス賃もパスモも持たずにくる。途中で気安くバスに乗れないように・・・。
 
 図書館にはいつも少なくとも2時間は在館するので、その間に足や体を休めることができる。だが、近くの喫茶店に入って一休みしようにも、いま述べたようにおアシが一銭もない。
 泣こうが、喚こうが、世界の中心で愛を叫ぼうが、わが老いた足にムリヤリ愛を頼む以外に方法はないのだ。
 
 ・・・そう自分に言い聞かせて、肚をくくり、さっき来た道をふたたびとぼとぼと歩き始めたのだが、そのツイてない老人を、思いもしなかったもうひとつ不運が待っていた。
 
 不幸は続けてやってくるという。
 ツイてないときはツイてないことが続く。
 ウンに見放されるとはそういうことだ、とは知っていたのだが・・・。
               (すでに長くなったので、続きは次回に)

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