狐につままれた

狐につままれる

 世間では、ふつうでは信じられないような不思議なできごとに出くわすと、「まるで狐につままれたようだ」と言う。

 だが、同じことを言うにしても、狸に例える場合は「つままれた」とは言わないで、「だまされた」あるいは「化かされた」という言い方をする。

 先日ふと、なぜ狐と狸では言い方が違うのだろうと思ったら、妙に気になって仕方がなくなった。

 よほどヒマなんだなと言われそうだが、事実、ヒマですることがないのだから当方は反論しない。

 ともあれ、狐には「油揚げをさらわれる」と言い方があるように、人のスキをみて何かをクスネルようなこすいイメージがある。
 が、狸はスキをみて何かをするというよりも、準備をして正面からコトを行う・・・まず頭の上に枯れ葉をのせて札束に変えてから、人をだます、といったようなイメージがある(わしだけかもしれないけど)。

 そういったもともとの動物にそなわっているイメージから、狐には「つままれる」が狸には「だまされる/化かされる」と言うのであろうか・・・などと、世の動きにまったく関係のない、どうでいいクソみたいなことことにわざわざ少なくなった脳みそを使っていると、ふと、70年以上もすっかり忘れていたある出来事を思い出した。
 
 わしが小学校高学年の頃だった。
 父親はそのころ隣町の小学校の教頭だったが、いつもはほぼ定まった時間に帰宅するのに、その日は暗くなってもなかなか帰ってこなかった。
 田舎道での自転車通勤でもあり、何かあったのでは・・・と家族が真剣に心配しはじめた頃に、ようやくいつもより小一時間ほども遅れて帰ってきた。
 そして家に入っきてて一番に発した言葉が、

「キツネにつままれた!」

 であった。
 何ごとがあったのかと見ると、ほぼ全身が泥まみれである。
 だが身体のどこかに怪我をしているとか、すぐ病院に行かねばならないような損傷があるようではない。ピンピンしている。
 すぐ泥まみれの衣服を脱いで、風呂場で体を洗って出てきたところをみると、どこにも傷はなく全身きれいなものだった。

 しかし当人は、この世ではあり得ない信じられない出来事に出遭ったかのように、真剣な表情で家族に訴えた、
 辺りは暗くなっていたとはいえ、前方に白くまっすぐに続いて見えていた道が、突然消えたのだという。
 そして2メ-トル近くも下にある水田に落ちたのだと言う。

 体に怪我はなっかったが、乗っていた自転車は前輪が大きく歪んでしまって乗れなくなった。そこから自転車を引っぱりながら歩いて帰ってきたので、遅くなったのだと言う。

 家族は、道が突然消えるわけはなく、どうせ老化の始まっている視力のせいで見まちがえたのだと腹のなかでは思ったが、いやしくも教頭の職にある大の大人の父親が、100%本気の真剣な口調で「キツネにつままれた」「キツネにつつままれた」と連呼するので、その勢いに押されて反論できず、「それにしても、自転車だけで身体に怪我はしなかったのだから、そう悪いキツネじゃなかったんじゃないの?」などとあいまいにやり過ごしたのだった。
 
 翌日、好奇心旺盛だったわしと弟は、父親が「キツネにつままれた」と話していた場所ヘ出かけてみた。
 たしかに辺りは水田のなかの一本道で、探してみると、道から1メートルほど下方にある左側の田んぼのなかに、人の落ちた形跡があった。が、しかし、近辺に狐の足跡らしいものはどこにもなかった、当然だけど・・・。
 
 以上、70年ぶりに思い出した他愛のない老人の狐話だが、いまの日本では、もっとうさん臭いケチな話でゴタゴタやっている。
 ウロンな悪いこともいっぱいやった元首相を、国民の税金を使う国葬にするという、いかにもなチープな狸話でスッタモンダやっている。

 狸のダマシは、準備をして正面からやってくるのだから、なんとか化かされないようにできないものかなあ・・・と思うんだけど、どうもヤワなわがニッポンは押し切られるらしいねぇ。
 

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