どざえもん風呂

バスタブ

 突然ヘンなことを訊くようだが、”どざえもん”って、漢字でどう書くか知ってる?

 ”土左衛門”。

 江戸時代に「成瀬川なるせがわ土左衛門どざえもん」という四股名の角力取りがいて、彼の体はみごとな “色白肥満体” だったらしい。で、水に溺れて死んだ人の体を、この力士に見立てて “どざえもん” というようになった。・・・と名の通った辞書に出ている。

 とっぱなから縁起でもない話を書いているが、実はわしの頭の隅のほうで、ときたま縁起でもないこの字がチラチラすることがあるのだ。
「五右衛門風呂」なら聞いたことはあるだろうが、今回のタイトルに掲げた「どざえもん風呂」は聞き慣れないだろう。

 なんども書いているが、わしらが今住んでいる家は、数年前に100歳直前で逝ったカミさんの母親が住んでいた住居である。その母親が亡くなる少し前に、台所と風呂場、洗面所と便所等をリフォームした。

 築50年近く経って、日々の生活ではげしく使うところはさすがに疲弊の色が濃くなっていたからである。まあ住んでいる人間と同じ。
 
 しかし母親個人からすれば、人生もあと残り少ないし、改めて家をリフォームすることもなかったと思う。だが死んだあと家を継ぐことなる娘(わしのカミさん)が、これまで自分の面倒をよく看てくれたし、そのお礼の意味もこめて、使いづらくなった所を死ぬ前に直しておいてやろうとしたのであろう。そうした親心もあったろうし、金は残してもあの世へは持っていけないしね。

 ・・・というわけで、業者の選定や工事の具体的注文は、実質的にはカミさんがやった。もちろん母親の注文を訊きながらではあるけれど・・・。
 
 そのときに間違いを二つやってしまった。
 便器と浴槽の選定を間違えたのである。
 便器は、体がかなり縮んでしまった母親には大きすぎた。
 特に便座の位置が高いのが問題だった。座ると母親の足が床から浮きそうになる。

 よけいな光景を想像させるが、使用するさいに足の裏がきちんと床についてないと、何かと不都合が生じる。
 まず、いかにも落ち着かない。この場所は実は、何よりも落ち着ける空間であることが重要なのだ。

 だが一番の問題は、イキまなければならないときに、足が宙に浮いていたのでは力が入らないことだ。夢の中で鉄棒の逆上がりをするような感じで、出るべきものも出ない。
 
 しかしまあ使いづらいのをガマンすれば、命まで落とすことはない。
 より大きな問題は浴槽のほうの選択の失敗にあった。
 強化プラスチックのユニットバスにリフォームしたのだが、見た目には清潔できれいになったけれど、浴槽に横長型のものを選んでしまったのがいけなかった。湯に浸かるとき体を伸ばして横たわるタイプ・・・
 
 それが老人にとってどんなに使いづらいものであるかに、選ぶとき心が行き届かなかったのである。足をゆっくり伸ばせるので休まると思っていた。
 ところが老人になると、体が痩せて軽くなり、水に浮いてしまうのだ。すると相対的に顔が下がり、口や鼻が湯の中に沈んでしまう。
 
 カミさんの母親は若い時は大柄の女だったけれど、90歳を過ぎると体が痩せて極度に縮んでしまった。体重は35キロを切るまでになった。

 そんな体で寝型のバスタブに入ると、先に述べたように溺死一歩手前状態になる。あがこうにも樹脂製ユニットバスはどこかしこもツルツルで、わしの禿げ頭どうよう取っ掛かるところがない。浴槽が寝棺に変じてしまう。
 
 ・・・というわけで、かわいそうに老母は、リフォーム後はほとんど風呂に入らなくなった。冬でもシャワーだけで済ませた。死ぬまで断固として独り住まいを続けたので、そうせざるを得なかったのである。
 
 そして時が流れ、”わしらの時代” になった。
 血のつながった親娘だから当然かもしれないが、カミさんも体が痩せて縮みはじめている。わしだって同様だ。
 今はまだ90歳以降の母親ほどではないので、悲惨な “風呂場の悲劇” が起きる心配はないが、やがてそうなる時がくるのは目に見えている。

 ・・・といって、浴槽のタイプ以外にどこも問題のないので、今の風呂場を再リフォームするのは、財力も出ないけど何よりやろうという気力が出ない。

 だが意識の底には残っているのだろうか、先だって “バスタブの悲劇” に似た夢を見た。どうも風呂場のようなところで溺れそうになって、ジタバタして目が覚めた。

 それ以来、ごくたまではあるが、わしの頭のどこかで “どざえもん風呂” がチラチラ波打つのである。
 ・・・というわけで、ま、あまり気分のよいものではない。

ポチッとしてもらえると、張り合いが出て、老骨にムチ打てます

にほんブログ村 その他日記ブログ 言いたい放題へ
(にほんブログ村)

        お知らせ
当ブログは週1回の更新(金曜)を原則にしております。いつなんどきすってんコロリンと転んで、あの世へ引っ越しすることになるかもわかりませんけど、ま、それまではね。

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です