幼稚園のふたりの運転手

バス事故

 わが家のベランダから見える光景を2回続けて扱ったら、金魚のウンコじゃないけど、続いてもう一つ、ベランダから見える光景がポツンと頭に浮かんだ。

 余談だが、わしは普段からカミさんに「ひつこい」と言われる。
「だいたいあなたの話はくどいの。同じことをくり返さないで、もっと簡単に言って」
 と文句を言われる。・・・ことがちょくちょくある。
 自分でも分かってるんだけど、ま、性格なんだねぇ、直そうとしてもなかなか直らない。書く文章も同じ。
 
 で、ベランダから見える金魚のフンだが、やはり人間の光景だ。ただし前回とちがって、今回は子供じゃない、レッキとしたおとな。ふたりの・・・。
 
 何回も書いているが、わしは毎朝かならずベランダに出て体操をする。
 タイソーがダイスキーってわけじゃない。わしの年(86歳)ではコレをやらないと、見るみる筋肉が落ちる。筋肉が蒸発したら足がヨロヨロし始め、やがてネタキリになる以外にない。天井のシミを四六時中眺めながら生きているのだけは避けたい。絶対に・・・。で、できるだけ筋肉が消えないよう毎日かならずベランダで体操をする。シンドクても自前の足を使って買い物に出る。ま、しょうがない。
 
 で、ベランダで体操していると、毎朝ほぼ同じ時刻にバイクがやってくる。同じ音だからすぐ分かる。
 きのう書いた幼稚園の、運動場の一角にある裏口にやってくるのだが、それから15分ほどすると、2台めのバイクも到着する。
 
 1台めには60歳くらいの男、2台めは50歳すぎの男が乗っている。ふたりとも特べつ目立ったところのない、ごく普通の初老の男たちだ。
 このふたり、見た目には大した違いはないが、中身はソートーに違う。
 
 この幼稚園は、大型と中型のマイクロバスを持っている。もちろん園児たちの送り迎え用で、くだんの男たちは基本的にはそのバスの運転手だ。「幼稚園の送迎バスの運転手募集」という広告に応じて雇われたに違いない。
 
 しかしマイクロバスの運転だけが仕事ではない。朝と午後のバス送迎時の間には、4~5時間ほど間がある。その間は家に帰っちゃうとか、鼻から風船出して昼寝するとかではなく、幼稚園の雑用をする。そういう契約なのだろう。彼らはずっと園内のどっかにいて、ゴチョゴチョ動いているからだ。
 
 例によってわしはヒマだから、天気が良いとベランダに出て、ぼんやり外の風景を眺めて過ごすことが多い。
 
 急に思い出したが、テレビの海外に取材した番組を見ていると、外国の村や町角を映している場面で、家々の門口に椅子をもち出して、ぼんやり外の通りを眺めている老人たちがやたら多いのが目につく。ヒマなのだろうとは察するが、それにしても、これ以上見慣れているものはないはずの風景を、わざわざ椅子まで持ち出して眺めていったい何がおもしろいのだろうと、昔からずっと気になっていた。

 この歳になってやっとそれが分かった。何となく気持ちが落ち着くのだ。こころが安らぐというか・・・。理由は説明できないが、あんたがカマキリでなく人間なら、わしの年齢まで歳を取れば分かるだろう。
 
 ・・・というわけで、ベランダから前の幼稚園を眺めていると、前回に書いた園児たちや先生のほかに、くだんのふたりの男たちの姿も目に入る。チャーミングな若い女でなくても見につく。というのは、このふたりの男のやってることが、テナガザルとナマケモノを見るようだからだ。
 
 60歳の男(仮にAとする)の方はよく働く。少なくともよく動く。一時もじっとしている時がなく、立ち居振る舞いもテキパキしている。おそらく彼は仕事が好きで・・・というより体を動かすのが好きで、常に自分のやることを追い求めているのだろう。そんな感じだ。
 
 ところが50歳の方の男(仮にBとする)は、年はAよりだいぶ若いのに、いかに目立たないで何もしないでいられるか、を常に考えているような男である。

 たとえばAは、ついさっきまで右手に手帚を左手にチリ取りをもって、グラウンドに小さなゴミが落ちていないか隅々まで歩き回っていたかと思うと、いつの間にか手の持ち物をバケツと雑巾に持ち替えて、あちこちに散らばっている遊具を拭いて回っている、と思っていると知らぬ間に水道ホースを手にして、マイクロバスのタイヤの泥落としをしている・・・といった具合。
 
 一方Bは、グラウンド上の危険物(ガラスの欠けらとか釘とか)を探している風をしてブラブラと歩き回っていても、実際に腰をかがめて何かを拾うことはほとんどない。ただブラブラしているだけだ。あるいはしょっちゅう立ち止まって、立ちんぼしている。ふと気づくと、いつの間にか何かの上に尻をのせて、鼻クソほじくっている。
 同じ仕事をやっていても、やる気のあるなしでこんなに違う。

 常にこんな心構えで生きていれば、ふたりの人生の中身は大きく違ったものになるだろう。何よりもBのような人間は、生きていてもつまないのではないか。
 
 ・・・などと大きな口を叩いているが、わし自身、ふと気づくとBのようなコトをやっている時がある。最近はかつてよりそういう時間が多くなったような気がする。
 気をつけなければ・・・と、こういうことを書くと思う。
 
 それはともかく、Bのような生き方をしている人が運転するバスは、いつか大きな事故を起こすのではないか・・・というような気がするのは、老婆(爺)心に過ぎないだろうか。
 

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