幼稚園の中の戦争

幼稚園

 何度か書いていると思うが、わが家のまん前は、私道一本を挟んで幼稚園である。かなり大きな幼稚園だ。
 
 うちは2階にあるので、その幼稚園は、ベランダから俯瞰するかたちで丸見えになる。屋舎や運動場はもちろん、教室内での授業(遊び?)情景もそのまま見える。
 
 サスペンス映画の巨匠と言われたアルフレッド・ヒッチコックに、『裏窓』という傑作映画がある。大昔に作られた作品デスけね(1954年制作)。
 主人公のカメラマンは足を骨折して、車椅子生活を余儀なくされる。自室から一歩も出られなくなって退屈した彼は、商売道具のカメラに望遠レンズをつけて、中庭を挟んで前に並んでいる他人のアパートの住人たちの生活を、密かに覗き見ることに楽しみを見出す。
 そしてあるとき、偶然、望遠レンズ越しに殺人事件が起きるのを見てしまう。・・・・

 70年も昔の映画の話をとつぜん持ち出したのは、なにもわしが古い人間だと言いたいわけではない(言っても何のメリットもないわネ)。
 ただ、わが家のベランダに立つと、映画『裏窓』でジェームス・スチュアートが演じたカメラマンと、何となく同じ気分になる気がする。・・・ときがある。
 
 もちろん現実は映画と違って、サスペンスフルな事件などなど起きない。他人の生活の裏を覗き見ることもできない。赤と黄色の帽子をかぶった数十人の幼稚園児と、その世話をする十人ほどの先生の、ある意味単純きわまりない光景が見えるだけだ。
 
 ただ、退屈しのぎにベランダの柵に寄りかかって、その運動場の光景をたっぷり時間をかけて眺めていると、ふだん気づかない光景が見えてくることがある。
 
 たとえば、子ブタの置き物の背中に両足をのせて、地面から逆立ちをしている子がいる。かと思えばブランコの支柱に抱きついて、上へ這い登ろうともがいている子もいる。朝礼台の上に乗って、ひとりでおかしな踊りを得意げにやっている子もいる。
 
 漠然と見ていると、巣箱のまわりに飛び交うミツバチのように、沢山の子供たちがただ入り乱れて走り回っているだけのように見えるが、じっと見ていると、あるひとりの子供が別の特定の子をしつように追い回しているのに気づく。あるいは嫌がっているのに、しつこく構いつづけている子もいる。つまり先生の目の届かないところで、ひそかにいじめが行なわれているのだ。

 いじめは小中学校を始めとして、大人の職場でも話題となっている現代の社会問題である。それが幼稚園児のような早い年齢の子供たちに、すでに現われているのが分かる。
 
 ”イジメ” を行っている幼稚園児当人たちは、自分がイジメをしているとはミジンも思っていないだろう。つまりこれは人間が、そういうことをしたがる何かを本来的に持っていることを、物語っているのではないかと思う。自己保存本能とか、自己優位顕示欲本能とか・・・。

 大人になれば、理性とか知性によってある程度抑えることはできるだろう。しかしそれが本能であるかぎり、完全に無くすることはできない。
 だからいじめの問題は、多かれ少なかれ、人間の世から無くなることは永遠にないのではないかとわしは思う。戦争と同じ・・・。
 
 ・・・なんて、考えてもどうにもならないことを考えて、意味なく切なくなったりするのも、時間のたっぷりある老人の特性である。
 
 べつにステキな特性だと言ってるわけじゃないデスけどね。
 

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