わが初恋(らしきもの)

万年筆のキス

 前回、『惚れた腫れたは遠くなった』と題して、男と女の艶ごとが遠くなったわが現在の老人状況を書いたら、反射的に、生まれて初めて男女の恋らしき感情を抱いた少年のときの記憶が思い出されてきた。
 ・・・で、今回はそのことを書いてみる。
 
 棺桶に片足を突っこんでいるヨボヨボ爺さんが、初恋の話を思い出して書こうというのだから、相当ヨロヘロした昔話になるだろうと思っていたが、記憶の底にフォーカスを当ててみたら、意外にもかなり具体的で鮮明な情景が思い出されてきて、我ながら驚いている。
 すぐさま二つの情景が浮かび出た。

 おそらく小学校五年生か六年生のときだったと思う。そうはっきり言えるのは、その女の子と同じクラスになったのはそのときだけだったからだ。
 
 その “恋” はあるとき突然始まった。
 おそらく五年生の秋だったと思う。そのときなぜか、下校時にその女の子といっしょに家路についたのである。
 わしの小学校五,六年時といえば戦後三,四年目で、学校は男女共学になってはいたが、男の子と女の子が下校時にいっしょに帰るなんてことは絶対になかった。

 だから、そのときなぜ二人でいっしょに帰ることになったのかは、普通にはあり得ない偶然が重なったのであろう。忘れているが想像すると、なにかの理由でふたりが放課後学校に居残るように教師に言われたのではないかと思う。
 
 とにかく学校からわしの家まで(歩いておよそ10分ほどの間)、二人いっしょに話をしながら帰ったのである。

 さっきも述べたように、今の小学生と違って、男の子と女の子がふたりだけで学校から帰るということは、それだけで “大事件” だった。宇宙人と出遇って話をした・・・くらいの出来事だった。それを自分自身が現実に体験したということが、わしは舞い上がらせた。
 何と言えばいいのだろう。嬉しいというか、心がはずむというか、幸福感であふれたというか、何ともいえない甘美な心地で胸がいっぱいになって、それはその日夜寝るまで続いた。
 
 その女の子は金持ちの家の子でちょっと可愛い顔をしていたが、それまでは彼女に特別の感情を持っていたわけではなかった。が、その時からは完全に彼女を意識した。彼女のほうも同じらしかった。

 それから数ヵ月ほどが過ぎてからである。
 五年から六年へはクラス替えがなかったので、ひょっとするとその時は六年生になっていたかもしれない。先生に不意の用事ができて、その時限は自習時間になった。

 その頃わしは兄貴のお古の万年筆を持っていて、それが自慢だったのだが(当時万年筆をもっている子などほとんどいなかった)、その自習時に作文を書いていて、途中でインクが切れてしまった。
 
 そのときふと思い出した。例のいっしょに帰った女の子が、クラスで万年筆を持っている数少ないもうひとりの子であることを・・・。
 で、しばらく躊躇してから、思い切って彼女の席へ出かけて行って、インクを持っていないかと訊ねた。
 
 すると彼女は答えた。インク壜はきょうは持っきていないが、わたしの万年筆の中のインクを少し分けてあげると・・・。そして自分の万年筆を取り出して、キャップを取った。
 
 わしも誘われるように万年筆を出して、キャップを外し、彼女の前へ差し出した。すると彼女は自分のペンの先をわしのペン先へくっ付けて、彼女の万年筆のインクを押し出した。おそらく同じ色だったのだろう。
 それをわしは自分の万年筆に吸い取ったのである。
 
 そのときはほとんど夢中だったけれど、その後長く、このときのコトを思い出すたびに、体じゅうがカッと熱くなる思いがした。
 
 後になって思った。女の子は男の子より体の成長が早いらしいが、小学六年生だった彼女は、あのとき男女の性的な行為のコトを知っていたのだろうか。知っていてあのような振る舞いをしたのであろうか、と・・・。
 
 それは永遠に分からないままになったが、その後大人になってから、エロティックな場面には人並にいくつか出遇ったけれど、この小学生のときのコトを思い出すときに感じるセクシー感ほど、胸を高鳴らせるときはなかった。
 
 もっとも今は、このときのコトを思い出しても、晩秋の木の枝に残った枯れ葉が擦れ合う音を聞くようなものだけれどね。
 

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わが初恋(らしきもの)” に対して1件のコメントがあります。

  1. 色呆け爺 より:

    半ボケ爺さんの小学生の頃の初恋らしき話を読みながら私も小学生の頃を思い出しました。
    私は5~6歳は若いと思いますので、私の頃は女の子と話す事も一緒に遊ぶことにも抵抗はありませんでした。
    田舎の小学校でしたので一学年一クラスで、小学校6年間クラス替えなどありませんでした。
    5年生の頃だったと思います。休み時間校庭で男女入り乱れて大縄跳びで遊んでいて、縄に足を引っ掛けクラスで1~2を争う可愛い女の子と抱き合う様な形で倒れてしまいました。私の足が縄に絡まったのか、彼女の足が絡まったのかは分かりませんが、抱き合った姿を友達から大いにからかわれ、言いはやされました。私は内心嬉しく思っていたのですが、彼女はどうだったのでしょうか?。その後何となく意識してしまいギクシャクし話し合う事も少なくなってしまいました。中学校は4クラスあり、一緒のクラスになる事はありませんでしたので、疎遠になってしまました。

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