バーバー・バァーバ
この記事のタイトル、女房が見たら嫌がるだろうナ。
「ババァ」とは違い、「バァーバ」には本来悪意も侮蔑もないんだけどね。悪くするとしばらく口をきいてもらえんかもしれん。もっと悪くすれば、ここ2,3日の食卓に、わしの嫌いなものばかり出てくることもありうる。もっと悪くすれば何も出てこないかも・・・。
・・・そうならないことを祈りつつ書く。
さて、わしはここ何年も床屋(理髪店)に行っていない。
女房がやってくれるからだ。
いつ頃から「バーバー・ワイフ」は開業したか。
・・・と考えてみると、おそらくわしの髪の毛がどんどん薄くなってきた頃からだと思う。
髪の毛は年とともに減っていく。毛がある区画より毛のない区域のほうが圧倒的に多い頭になっても、髪が密集していたころと同じ料金を理髪店は請求する。
そこに違和感を覚えたというか、理屈に合わないものを感じたのが、そもそも「バーバー・ワイフ」が開業したきっかけだ。
ま、ケチな話をしているのは分かっているが、わしの気分としては金額そのものよりも、理屈に合わんことが気に食わん。すっきりせん。
で、あるとき、台所でまな板に向かっている女房に、ダメモトで言ってみた。
「きみの包丁さばき、なかなか鮮やかだね」
「あら、そう?」
「ハサミのあつかいも、うまいんじゃない?」
「え、ハサミって?」
「そう。ちょっきんちょっきんちょっきんな~、のハサミ」
「・・・ハサミがどうしたの?」
「わしの頭の上で、ちょっきんちょっきんやってみない?」
もともと好奇心旺盛な女房は、なんか面白そう、と乗ってきた。
だが実は彼女は、好奇心は旺盛だけど、道具使いの腕はオーセーではない。早く言やあヘタ、ぶきっちょだ。
包丁は50年以上も振り回してきたから手の内に入っているけれど、新しい道具を扱うとなるとそうはいかない。
で、最初のうちはまあひどいもんだった。
床に新聞紙を数枚ひろげ、首に大きな風呂敷をまく。
そして女房は腕をまくって、熱心にやってくれる。だがハサミが空まわりする。
切れていない髪が、ハサミの刃に挟まれて引っぱられ、イテテッ、となる。ときに毛根もろとも地肌から引っこ抜かれる。痛いの何のって。
「あのう、髪は引き抜くのではなく、切るのだと思うんだけど」
と控えめに苦情をいうと、女房は恐縮して謝る。が、謝ったからといって急に腕が上がるわけではない。当人だってうまくいかなことに戸惑い、困っているのだ。
といって、いったん始めてしまったら途中で止めるわけにはいかない。
思い出すが、子供のころ父親にやってもらったオヤジ床屋でも、毎回虎刈りだった。だが子供だし、当時は周辺に同じようなトラの子がたくさんいたから、ぜんぜん問題はなかった。しかしこの年になって “不平等段階切り” みたいな頭では人前には出にくい。
そこで歯を食いしばって痛いのはがまんし、両手に手鏡をもって状況を確認つつアレコレ注文を出し、なんとか外を歩けるぎりぎりまでもっていく。
何であれ最初から名人というのはいない。
失敗から学び、しくじりからヒントを得、出来そこないの中に問題点をさぐる。そうしてみんなうまくなっていくのだ。
・・・と考えて、懲りずに何回も女房バーバーに頭を預けた。
そうするとエライもので、女房の腕はだんだん上がってきたのである。
「弓は弦(つる)鳴り、人は声」
という言葉を、弓の名人でもあったとある禅僧が語っていた。
弓術では、弓を引くときの弦の音を聞けば、その人がどのくらいの腕かわかるという。人はその人の話す声を聞けば、どの程度の人間かわかる。
弓道と比べるのは申し訳ないが、頭の上でする女房のハサミの音が、3年もすると少し違ってきたのである。
最初のころは、つっかえつっかえだったり、へどもどだったりで、いかにも確信のなさそうな音だったが、回を重ねるにつれ、足の運びがしっかりとしてきた感じの音がするようになった。印象が軽快になった。その軽快さのなかには、自信のようなものまで含まれている。
そうしたハサミの音の変化に対応するように、頭の仕上がりがしだいに良くなってきたのである。
大船に乗ったよう、とまでは言わないけれど、四六時ちゅう2枚鏡で経過を監視しなくてもよくなった。頭の上でする音を、音楽のように聞いていられるようになったのである。
しかしそうなった頃には、”バーバー・ワイフ” は “バーバー・バァーバ” になっていたのだった。
それにつけても改めて思うのは、人間がもつ潜在能力のスゴさである。
一つことを投げずに続けていけば、どこまでもその能力を伸ばしていくことができる。
その行き着く先が、体操なら白井健三の「シライ3」であり、フィギュアスケートなら羽生結弦が狙う「4回転半ジャンプ」であったりするのであろう。
白井や羽生のあとで言うのは気が引けるけれど、わが女房の散髪技術においても事情は同じだと思う。
始めのころ、ハサミの扱いのぶきっちょぶりでは最高得点を叩き出していた彼女が、投げ出さずにコツコツ続けていたら、いつのまにか腕は上がり、今ではもうどこに出しても恥ずかしくない。
もちろん出すのはわしの頭である。バァーバの腕ではない。
あらっ♪
わたくしも夫の散髪は私ですよ♪
夫は散髪に行くのも、待つのもめんどくさいと、私に頭を差し出した次第ですがね(笑)
私も、誰に教わるでもなく、徐々に腕をあげ(ましになりと言った方が正しいかも)たようで、散髪直後に帽子をかぶらなくなりました(笑)
よって、毛髪にお金をかけているのは、私だけです(笑)
へえー、むらさきさんとこも。
笑っちゃいました。「散髪直後に帽子をかぶらなくなりました」
というコメント。
そのころのご主人の気持ち、よ~くわかりますよ。
わしら夫婦、あんがい似たとこがあるのかもしれませんね。