鼻から入って散歩した

胃カメラ検査

 先だって、鼻の穴から入って、胃袋の中を見物してきた。
 わしには初めての経験で、それなりに面白かった。

 ところで、年をとって良いことは余りないが、まったくないわけではない。
 その一つに、市の補助で無料(あるいは少額負担)で健康検査を受けられることがある。

 もっとも市だって金を出すのには理由がある。大火になる前のボヤのうちに見つけておけば、治療費を節約できるのだ。
 国でも地方自治体でも、年々ふえる高齢者の医療費は金食い虫のトップスターである。頭が痛い。何とかしたい。

 しかし、エネルギーの衰えた老人を医療機関へ足を運ばせるのは、けっこう厄介だ。とりわけ症状がまだ出ていない老人を動かすのは、目やにをためて寝ている老犬にチンチンやれと言うようなもので、簡単ではない。工夫が要る。

 その工夫の一つが検査費用を無料にすること。
 老人にかぎらず、タダにふらふら吸い寄せられるのは人間の習性だから、それを利用する。

 もうひとつは期限を切ること。
 期限を切られるとなぜか気になる。一線を引かれて、それを過ぎると効力が失われると言われると、それが何の効力かよく知らなくても、おッ、急がなくっちゃ・・・という気になる。
 先の “タダのり習性” と共になんともセコイ人間の心理だが、そういうのがあるのだから利用しない手はない・・・というのが役人の考えなのだろう。役人もけっこうセコイ。

 で、わしも先日、そのセコイ手に引っかかって、健康検査を受けた。…ってわけですゥ。
 その結果、胃の中にピロリ菌が見つかった。この菌は胃がんと仲がいいらしくて、日を改めて「内視鏡検査」をすることになった。

 さて、検査当日。
 まず、少量のカルピスみたいな白い液体を飲まされた。
 初恋の味はせず、といって失恋の味ほど苦くなく、なんとか吐き出さずに飲めた。
 それから診察ベッドの上に仰向けに寝かされて、2,3種類の薬液を鼻の穴に注入された。
 鼻の奥がジーンと熱くなり鈍い痛みがあったが、これも、ときに女房に言われるきつい皮肉を我慢していることを思えば、何ということはない。
 そのあと、鼻腔を拡張させて胃カメラに慣れさせるためだろうか、アスパラガスみたいな疑似管を鼻の穴に押しこまれ、しばらくそのままにしておかれた。ま、本番前のリハーサルだな。

 ここまでは看護師の仕事。あとは先生のお出ましを待つ。
 ところが先生、なかなかお出ましにならないのだ。隣の部屋で声はしているんだけどね。
 こんなに待たされてたら、さっき注入した麻酔薬が効かなくなるんじゃ・・・と心配性のわしは気が気ではなかった。麻酔の切れた鼻の穴へカメラを押し込まれるのは、あんまりうれしくないもの。

 ようやく医師が現れて作業を開始した。
 彼が手にした黒いチューブ状の胃カメラを見ると、けっこう長い。子供のころ、尻尾をつかんで振り回した青大将くらいある。太さは大将より細いけど。
 ともあれこんなものを鼻から入れて腹の中まで押しこまれるのかと思うと、あまりいい気持ちはしない。一瞬、できることなら検査を止めたいたい気分になったが、80の爺さんが8歳の子供みたいなことは言えないわナ。

 胃カメラが撮影する映像は、頭の近くに置かれているモニターで見られる。
 赤いぬめぬめしたトンネルみたいなところを、勝手知ったるわが家の廊下みたいにどんどん入っていく。本物のわが家だと突き当たりは便所なんだけど。
 途中で、これが喉頭蓋、これが声帯、などと先生が説明してくれるが、ほとんどうわのそら。生まれて初めて対面するわが食道や胃袋をモニター上に追っかけるのに忙しい。

 いったんいちばん奥までカメラを挿入して、それから後戻りしながら検査を進めていく。
 ときどきカメラは動きを止めて、あたりを詳しく調べる。ジーと、じぃーさんの喉が鳴ってるみたいな音がして、写真も撮影されているらしい。

 あるところへ来たとき動きがピタリと止まった。胃カメラさんはそれまでより長い時間をかけて観察している。ためつすがめつという感じで、少しずつ角度を変えて何枚も写真が撮られる。

 なにかヤなものが見つかったのか・・・とわしは不安になってモニターを見つめた。
 そこは他よりすこしだけ粘膜が盛り上がっていて、色もやや白っぽい。
「鉗子!」
 と医師が言い、看護師が黒いワイヤー状のものを渡す。医師はそれを胃カメラのチューブの中へ入れて押しこんでいく。
 と、モニターの中にそのワイヤーの先っぽがもぐらの頭みたいに出てきた。と思ったら、その先端部分がパクッと二つに割れて、胃の粘膜に噛みついた。そこだけ見るとまるで超小型のワニが獲物の肉に食らいついたみたいだ。
 で、その小ワニは、噛みついた肉を死んでも離さないとでもいうように引きちぎって引っこんだ。

 検査のあと、診察室でパソコンに画像を映しながら説明を受けた。小便の泡のようなものが映っている画像を示しながら、
「ピロリ菌はまちがいなくいます。この泡がその証拠。これは1歳くらいのときに入ったものです。つまりほぼ80年間いっしょに暮らしてきたわけです」
 と、言われた。
 へー、自分の体のなかに、そんな居候がいたのか、と少々おどろいた。
 それにしても、こんな泡を見ただけで、いつ菌が入ったのか分かるのかねぇ、イガクはスゴイ、とそっちの方にもおどろいた。

 そのあと、「1ヵ所気になるところがあります」と医師は言ってキーボードをたたき、一枚の画像を画面に出した。検査中にモニターで見た、粘膜が白くなって少し盛り上がっているところの写真だ。
「たぶん深刻なものではないと思いますが、いちおう組織を取って病理検査にまわします。1週間後に結果が出ます」

 診察室を出るとき、医師は「これ、記念にどうぞ」と言って、胃の中を写したカラー写真3枚を印刷して渡してくれた。
 これってサービス? お店屋さんがくれるおまけみたいなモノ?

 しかしこんなもの貰ってもなァ、あとで、「へー、5年前のオレの胃の中、こんなだったのか」なんて懐かしがることはないと思うけど・・・と思ったけどありがたく貰って帰った。

ポチッとしてもらえると、張り合いが出て、老骨にムチ打てるよ

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