匕首を突きつけられて (下)

ヘタな鉄砲も

 前回、金のある企業や医療機関などのコンピューターに乗り込んで、替えのきかないデータを人質にとり、金を要求する卑劣な “身代金ウイルス(ランサムウェア)” の話について触れた。(前回はこちら)

 その手の悪玉ウイルは、金を持つ大企業ばかりでなく、その日暮らしの個人のパソコンにまで、その手を伸ばしてくることがある。

 じつは何を隠そう、数ヵ月ほど前に、じっさいにわしの所にまでやってきた。
 今回はその実体験報告である。
 
 正直な話、わしの所になど来て頂いても、骨折り損のくたびれ儲けそのもので、申し訳ないくらいのものだ。
 おそらく、無差別に撃たれた弾のひとつにタマタマ当たったのであろう。

 それに、本格的に企業などを狙うものに比べれば、わしの所へ来たヤツの手口は幼稚園レベルの幼稚なものだった。
 しかし、だからといって安心できるわけではない。善良なる一般庶民の一部には、手痛い被害を与えるケースもある。

 わしの場合、それはこんな風なメールの着信で始まった。

「残念ながらあなたに凶報がございます。
 我々は、あなたがインターネット閲覧に利用しているデバイスへのアクセス権を購入、取得しました。(最近では、オンライン上で簡単に購入することが可能です=原文のママ:半ボケ注)。
 よって苦労することなく、今こうしてあなたのメールアカウントにログインできているわけす。
 あなたのインターネット活動の追跡も行いました。
 その結果、あなたはアダルトサイトの大ファンだということが判明しました。
 あなたはポルノサイトを閲覧して、エッチなお楽しみをしながら、卑猥な動画を見るのが本当にお好きなのですね。
 実は我々は、そんなあなたのエッチな様子を録画して、モンタージュビデオを作成しました。
 我々の言っていることが信じられないようであれば、そのビデオを、あなたの友人、親戚や同僚の方々へ送ることもできます。
 だが、そんなことをあなたはお望みではないでしょう。
 この件は、下記のように解決させましょう。
 あなたがすべきことは、たった○○万円を、我々のアカウントに送金するだけです」(原文のまま:半ボケ注)
 
 もし、この手の脅しについて何の知識もなかったら、わしもおそらく青くなって慌てふためいていたかもしれない。
 なぜなら、脅迫者が言うように「アダルトサイトの大ファンで、サイトを閲覧してエッチな動画を見るのが本当にお好き」というほどではなくても(もうそんな元気はないワイ)、わしも過去に何回かアダルトサイトを覗いたことがないわけではないからだ。

 いい年をして、エッチなサイトを見てニヤついているところを記録した動画を、友人知人や親戚縁者に送られたら、次に会ったときにどんな顔をすればいいか困る。下手に弁解すればよけい疑われるしねぇ。たしかに閉口する。
 
 だがわしは慌てなかった。たまたま彼らの手口を知っていたからだ。
 
 第一脅迫者は、当方の「デバイスへのアクセス権を購入・取得した」といかにもハッカー風に言い、さらに、「あなたがエッチな動画を見てニタついている姿を録画し、モンタージュビデオを作成した」と言っているけれど、それがもし事実なら、そのビデオをメールに添付して一緒に送ってくれば、遙かに話がはやく効果的で、身代金を取りやすいではないか。
 
 そうはせずに(できずに)ただ脅し文句を並べているだけなのは、実弾ぬきでも「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」ことがあるからだ。

 たしかにこんな単純なことでも、知識がなく引っかかってしまうスケベ爺さんはけっこういるだろう。場合によっては仰天して青くなり、悪くすればショックで心臓が止まってしまう・・・とまではなくても、下のほうでチビってしまう小心者父っつぁんもいるかもしれない。
 
 だがヤツらが「購入・取得した」のは、単にメールアドレスだけなのだ。
 今やあちこちで記入する必要のあるメルアドなど、老人の尿漏れといっしょ、だだ洩れ状態にある。それを怖がっていてはメールなど使えない。つまりメールアドレスをつかまれたくらいで、ビビル必要は何もない。
 
 わしは上記のメールは無視して直ちに削除した。数ヵ月経つがその後なにも言ってこない。知人・友人、親戚縁者らのわしを見る目に特別の変化はない。
 
 まあこんな幼児のままごとみたいな「ランサムウェア」ならかすり傷にもならないが、徳島の町立病院にやってきたような本格的なヤツだったら恐ろしい。

 便利とひきかえに怖い時代になったことは確かだ。

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