音の暴力

音の暴力

 最近ちょくちょく「音の暴力」ということばを耳にする。

 ちなみにうちのカミさんは音に敏感である。
 言い方を換えれば、音にうるさい。
 といっても絶対音感とかいった、うるさそうな話をしようというのではない。もっと通俗的な話。
 つまりわしの女房は、日常生活の中でしょっちゅう「そんな大きな音を立てないで!」とうるさい。わしがする話は、ま、この程度デス。

 だいぶ前にも書いたことがあるが、わしは地声が大きい。つまり生まれつきの声がデカい。
 自分ではそれほど大声を出しているつもりはないのに、病院の待合室などで、「そんな大きな声で話さないで!」と叱られる。
 あわてて首を縮めながら恨めしくなる。同じ大きく生まれつくなら、声ではなく他にもっと大きく生まれついてほしかったものがあった。たとえば背丈とか、目とか、腹(メタボ腹じゃないよ、何事にも動じない太っ腹)とか、大きく太い運とか・・・

 若いときはカミさんの音への敏感さでときどきケンカをした。
 トイレや浴室のドアの開け閉めの音が大きいとか、玄関を出入りするときの音がうるさいとか言われて、ケンカになった

「こういう音はいわば生活音だ。つまり人間が生活していれば、いやおうなく出る音だ。それにいちいち文句を言われたんじゃ、キュークツでしょうがない」
「理屈じゃないの。壁ひとつ向こうはよその家よ(集合住宅に住んでたからね)。人様に迷惑をかけないようにするのは、社会生活をいとなむ人間の基本でしょ」
 ま、こういったケンカですね。イヌも食わないヤツ。でも向こうサマのほうがスジが通っているので、最後に尻尾を垂れるのはいつもわしのほう。

 それで思い出すのが、はるか昔・・・つまり20歳前後の学生時代のわしである。その頃の音に対する鈍感さというか配慮のなさは、まさに “社会生活の基本” を大きく逸脱するひどいものだった。

 懺悔の思いで書く。

 わしは学生時代、一般民家の2階に下宿していた。
 当時、階下は家主さん一家が住み、2階はひとに貸してなにがしかの収入を得て家計の足しにする、という家がちょくちょくあった。わしはその手の家の2階の部屋を間借りしていた。

 わし以外にもう1部屋、2間つづきの貸し間があった。
 そこには若い夫婦が住んでいた。夫はインターン中の医学生で、妻は専業主婦。子供はいなかった。ふつうなら妻も働きに出るのだろうが、彼女の父親は群馬だか栃木だかの大病院の経営者で、医学生の夫の学費も妻の親が出しているらしかった。

 その頃わしは、学生にしてはかなり高額のアルバイト収入があって、当時の学生には高値の花のような高級オーディオセット(当時はステレオ装置と言った)を持っていた。

 単純すぎてアホに近いけど、それが自慢だった。音楽好きの友だちを集めてレコード・コンサートみたいなことをやったりもしたが、日常的にもヒマさえあれば音楽を鳴らしていた。

 並みの人間なら当然、隣の部屋に遠慮するだろう。亭主のほうは昼は学校、夜もアルバイトの当直医のしごとで部屋に居ないことが多かったが、専業主婦の奥さんはいつも壁ひとつへだてた隣りに居たのだ。トーゼン彼女への配慮はあってしかるべきだ。

 にもかかわらず、逆にしょっちゅう大きな音でレコードをかけていた。夏の盛りのセミみたいに・・・。
 もちろん、あるていど音を大きくしなければ音楽を楽しめないということもあったが、じつはそれ以上に、隣の奥さんにおのれの存在を誇示したかったのだ・・・と今になってみればよく分かる。

 彼女は、金持ちの娘によくある自分勝手な女だったけれど、かわいい顔をしていた。胸もほどほどにに大きかった。亭主の留守中に仲良くなってあわよくば・・・などいうストレートな下心をもつほど当時のわしは度胸も自信もなかったくせに、何とはなく彼女に自分をアピールしたかったのである。

 ま、いま思い出すとアホの一語に尽きる。そんなことのために暴力的な音をまき散らすなんて、またそれがアピールになると思うなんて、度はずれた見当違い、並みはずれた無神経・・・という以外にない。
 いま思い出すとザンキの念で息が詰まりそうになる。

「僕は20歳だった。それが人生でもっとも美しい時だなんて誰にも言わせない」

 わしが若い頃、この言葉が流行語のように有名だった。いまの若いひとは知らないかもしれないが、ポール・ニザンというフランスの作家・哲学者が書いた『アデン、アラビア』という小説のなかに出てくる。

 わしも、何かというと得意げにこのフレーズを口にしたものだった。が、もちろん、その意味は何も分かっちゃいなかった。
 80歳になってようやくしみじみと分かる。
 もしいま神サンに、人生時計の針を逆回ししてもういちど20歳の若さに戻してやろうかと言われても、ノーサンキュー、と即座にお断りする。

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