鼻先に何が待っていたか

一寸先は闇

 俗に、「一寸先は闇」って言うよね。
 要するに人間、先のことはまるで何も分からない、ってこと。
 
 こういうと、老人たちはたいてい鼻先で笑う。
 「一寸先は闇」だと? ランドセルしょって学校へ駆けていく小学生じゃあるまいし、そんなこたァ分かりきった話だ。そうさ、この世はいつ何が起きるか分からんのだ。年寄りはそれをイヤというほど思い知らされてきたから、年寄りなんだ・・・と。
 
 ところが人間、こんなふうに高を括ってるときがいちばんアブナイ。
 油断していて脇が甘くなっているのでやられる。
 そのことを如実に思い知らされる経験を、じつはわし自身がこのあいだした。
 
 もう何度も書いてるが、わしは糖尿病で医者から運動を命じられている。その毎日のジョギングは夕暮れに始めるので、終わるころには辺りが暗くなっている。特にその日は、始めるのがすこし遅かったので真っ暗になった。
 
 しかしね、何年も走りなれたコースだからね、目をつむってても走れるよ、オレは・・・なんて油断するんだ、人間は。
 そう、きのうのわしがまさにそのアホの見本だった。
 
 ある道で向こうから車が来た。もちろんライトをつけている。まぶしくて一瞬目の前が見えなくなった。道は狭い。うっかり近づいてきた車に接触などしたくない。近ごろの車は、80歳を越えた爺さん婆さんが運転してるからね、信用できない。・・・と常ひごろから思ってるわしは、道幅ぎりぎりまで体を寄せて車を避けた。横はちゃんとした石塀だから問題はない、と思った。何百回、何千回となく通っている所だからね。
 
 とたんに何かがガツンと顔にぶつかった。
 一瞬なにが起こったか分からなかった。

 実は、石塀のうえから梅の枝が出ていたのである。それに顔をぶつけたのだ。
 
 目のすこし下あたりがヒリヒリする。そこへ中指の腹を当ててみると、ぬるっとした。血が出ているらしい。
 梅の枝を確かめてみると、中に直径1センチほどの枝が1本、折れて切っ先をこっちへ向けていた。それで目の下を突いたらしい。
 
 わしはゾッとした。
 血の出ているところは、目の下およそ1,2センチくらいの位置だ。もしそれがほんのすこしずれて目を直撃していたら・・・。
 
 確実につぶれていた!
 「一寸先は闇」というのはこういうことをいうのだ。
 
 ヤツらはこんなふうに日常生活の死角に隠れている。
 そして思いもかけない所から、いきなり飛び出して襲いかかってくる。

 くれぐれも油断召さるな、ご同輩。
 

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