めす猿にストーカーされた男

恋する猿

 前回、いちど手をだしたら最後、執拗に追っかけまわされるネット広告の話を書いたら、その連想で、何年か前にテレビで見て「へー、そんなことってホントにあるの?」と好奇心をしげきされたストーカー話を思い出した。
 
 数年前のことなので細かいところは忘れているが、何でも日本のどこかの動物園でじっさいに起きていた話だ。
 若いメス猿が、動物園職員のとある中年男性に恋をして、ひたむきに後を追いかけまわすので評判になっているというのだった。

 その職員は園の案内係なのだが、彼の姿を見つけると走り寄ってきて、「キキーッ!」と鳴きながら体に抱きついたり、場所的に近づけないところだと、熱いまなざしでじっと見つめていたりする。そのれは恋する女の瞳そのものだという。
 
 いちばん驚いたのは、その男性職員が若い女性(園の客など)と親しそうに話をしていると、くだんのメス猿がどこからともなく現われて、いきなりその女性に飛び蹴りを加えたりするということだった。
 
 人間同士の恋争いでは、飛び蹴りはしなくても頬を引っぱたいたり髪を引っぱったりする女性はいるようだが(わしはドラマや映画の中でしか見たことがないけど)、異なる種のあいだでも、恋するメス同士は同じようなことをするというのが、じつに興味深かった。
 
 最初は、職員の着ているジャンパーの黄色が、その種の猿にはフェロモン的効果があるのでは・・・などと考えてみたが、それなら他の職員たちも同じ黄色いジャンパーを着ているのだし・・・とたちまち素人考えの底の浅さを露呈した。
 
 しかしまあよく考えてみれば、それほど奇異な現象というのでもないかもしれない。
 恋をするということは、万物の霊長人間から水中プランクトンのミジンコに至るまで、その目的は同じだと思うからだ。つまり自己遺伝子を後世へ残そうとするとする行為。
 そたのめには、できるだけ優れたパートナーを選ぼうとするのは自然の流れだし、優れていると思う(あるいは錯覚する→恋をする)相手を自分のものにするために、他のメスと身を挺して争うのは生きものとして当たり前のことではないか。
 
 この話でもう一つ興味をひかれるのは、動物園にはほかにも男性職員はたくさんいるのに(中には若いイケメン男だっているだろうに)、なぜくだんのメス猿は、その男に恋をしたのか・・・という点だ。
 言い方を換えれば、くだんの中年男のどういうところに、そのメス猿は惹かれたのだろうか・・・という疑問だ。
 
 それで思い出したが、その中年職員は何年か前にも、別のメス猿にも追いかけ回されたことがあったという。
 当人自身にもまったくわけが分からず、自分はどこか猿的な要素を持っているのだろうか、つまりふつうの人間より猿に近いのだろうか・・・と時に悩むこともあるそうだ。
 思わず笑ってしまったが、当人にとっては笑いごとではないのかもしれない。

 動物行動学者の観察によると、メス猿が人間の男に恋をすることはときどきあるそうだ。初めて発情した若いメスに多いという。
 猿のオスは、人間と違って若いメスにはあまり興味を持たないらしい。
 そこで、発情しているのにオスに相手をしてもらえない若いメスは、本能のうずきに悶々として、形体的にも他の動物より比較的似かよっている人間に走ってしまうこともあるとか。エサをくれたりするので、愛のプレゼントと錯覚して自分に好意があると思うのかしらん。
 まあ、どこか哀れだし、カワイソウなような気もする。
 
 人間でも、異性に相手にされない男や女がストーカー的な行為に走るのは、アイドルやタレントの “出待ち” や “追っかけ” もふくめて、ごく日常的に見られると光景だ。このような生きものの根幹にかかわることに関しては、結局、人間も猿も他の動物も同じなのだろう。
 
 そうであればいっそう、猿の世界では、メスに求められるのものが若さのみではない、というのは考えさせられる。この点に関してだけでいえば、猿の方が人間より成熟しているのではないか。ある意味で羨ましい。
 
 ・・・などといっても、80を超えた爺さんじゃ、男ヒデリの若いメス猿だって相手にしてくれないよ。
 
 わかってるわィ。

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