芥川という名前

芥川

 虫と文学は大っ嫌い。文字が並んでいるのを見ると、ムカデが自分の太股を這ってるのを目撃したように鳥肌が立つ。・・・と言った男がいた。

 それを聞いたのは、わしが40歳前後の頃だったが、同じ年ごろの彼が、それまでに一篇の小説も読んだことがないと言うのを聞いたとき、40年間いちども風呂に入ったことがないと言ったのに等しい・・・とわしには思えて、ひどく驚いたのを覚えている。

 だが、それほど文学が嫌いなひとでも、芥川賞を知らない日本人はまずいないだろう。ムカデ嫌いの彼も名前だけは知っていた。いわずと知れた日本を代表する文学賞である。小説家・芥川龍之介の早世を惜しんだ友人の菊池寛が、芥川の業績を記念して創設した。・・・らしい。
 
 その芥川龍之介の息子に芥川比呂志という俳優・演出家がいた。
 学生時代、演劇青年だったわしは彼のファンだった。なにより俳優として群を抜いていた。彼が出てきただけで舞台の空気がピンと張ったし、ほかの役者なら決してしないような意表を突く演技をしても、それがわざとらしくなく、内容を適切に表現していて思わず「うまい!」と唸らせられた。
 
 最近、本棚を整理していたら、その彼(芥川比呂志)の書いた本が出てきた。いわゆるエッセイで、パラパラとページをめくって拾い読みしていると、名前にまつわる話が出てきた。
 
 小学生のとき、クラスメートのひとりがこんなことを言った。
「アクタガワというのは、ゴミカワとも読めるな」
 
 たしかに「芥」という字を漢和辞典で調べてみると、植物の「からし菜/けし(芥子)」のほかに、「小さなごみ、ちり、あくた/取るにたりないもの、つまらぬもの」という意味がある。「塵芥(じんかい)」といえば「ちりあくた/ごみ」のことである。

 ともあれそれ以来、彼に喧嘩を売ろうとする者は必ず、「おい、ゴミカワ」と呼ぶようになった。それだけで半ば勝負はついたようなものだった、と彼は述懐している。そうとうに悔しかったらしい。

 ところで最初にそう言った級友は、のちの総理大臣・宮沢喜一である。彼は当時から頭がよくて級長だったという。

 喧嘩を吹っかけられるとき以外にも、彼はこの名前には悩まされたらしい。
 新任教師からまじめに「ゴミカワ君」と呼ばれたときは、以降、その教師を好きになれず、信頼もできなかったというし、大人になってからも「カラシガワさん」とか「ケシカワさん」と呼ばれることはちょっちゅうだった。中には「セリカワさん」と呼ぶ者もいて、それはまあ「芥」と「芹(セリ)」は字が似ているから分からないではないが、「チャガワさん」と呼んだ豪の者もいたそうだ。たしかに「芥」と「茶」は同じ草冠だけど、カンムリだけを見て間違えられたのじゃ、そりゃおカンムリになるわナ。
 
 現在「芥川」を読めない者、あるいは読みちがえる者はまずいないだろう。芥川賞のおかげといっていい。
 それだけにとどまらない。いまや「芥川」という名は、どことなく “高貴” な匂いさえ漂わせる。少なくとも本来の意味である「ごみ、ちり、あくた/とるにたりないもの、つまらぬもの」からは遠く離れたイメージである。
 このように人やモノの名前は、時とともにずいぶんイメージが変わる。
 
 ひょっとするとトランプという名前も、時が変われば、「人の目を気にせず勇猛果敢に政治を行った有能なアメリカ大統領」というイメージに変わるかもしれない。
 「安倍晋三」だって、「これまで誰もなしえなかった仕事・・・たとえばアメリカ大統領を手のひらの上で踊らせて利用し、自己中大王の韓国に鉄槌をくだした嘘つきでも有能なニッポンの首相」・・・というイメージになるかもしれない。

 いやそりゃないワ・・・って声があちこちから聞こえてきそうだけど、分からんデスぞ。
 だって「チリやゴミ」を浮かべた川から、「高嶺の花」を浮かべる高貴な川に変わった実例があるのだから。

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