楽な仕事はないよ、この世には

夏草や

 今はどの市町村にも「シルバー人材センター」という組織がある。

 シルバーという語は、オリンピックなどの競技大会で第2位に入った人に与えられる「銀メダル」の「銀」だから、「シルバー人材センター」というのは、技能・能力などはトップクラスではないけれど(現役引退後の老人だからね)、それに次ぐレベルの人材を安く紹介・派遣するところだ・・・と長く思っていた、という人間をわしは知っている。ま、こういう人は、お気楽コンテストにれば銀メダル獲得まちがいないワネ。
 
「シルバー人材センター」と聞いてすぐわしの頭に浮かぶのは、「除草・草取り」仕事だ。

 もちろん人材センターには「草むしり」以外にもさまざまなが仕事あって、定年前の多方面にわたる経験を生かせる職種が多くそろえてある。

 だが、わしみたいにいかなるスキルも持たない空箱みたいなシルバーだっている。そういう人向けに用意されているのが「除草・草取り」である・・・思っていた。
 実際どこのセンターでもこの仕事がいちばん多いようで、わしが「シルバー人材センター」と聞いてすぐ「草取り」を連想したのもも、単にわしがお気楽なだけだからではないよ。
 
 ともあれそういうわけで、草取りはガタのきた老人にもできる簡単な仕事だとわしは思っていた。
 
 そしたら先日、「シルバー人材センター」経由ではないけれど、草取り仕事がわしのところへひょっこりとやってきたのである。
 
 わしの住む小さなマンションの駐車場と、すぐそばの道路のキワに、雑草が元気よく成長して通行人の目にむさくるしく映る。(人間の子供にも、思春期に手入れの悪い成長をして、むさくるしくなるのがいるワネ)
 
 ・・・ということで、マンションの住人たちが順繰りに分担して除草作業を行うことになった。
 で、たまたまこのあいだ、わが家へ順番が回ってきたわけである。

 わしは気軽に作業に出た。軽く体を動かして汗を流し、ひと風呂浴びてビールを美味しく飲むか・・・くらいの気持ちだった。
 
 それでも厚手のエプロンを腹の前につけ、新しい軍手をはめた手に百均ショップで買った安手の草刈り鎌を持って、現場に出た。
 
 意外だったが、改めて向き合ってみると、けっこう草の量があった。
 通行人として何気なく見るのと、労働の対象として見るのでは見え方がちがう。立ち場が変われば見え方も変わる。むさくるしく成長した思春期の少年少女だって、親が見るのとの他人が見るのでは嫌悪感の度合いが違うだろう。
 
 誤算はそれだけではなかった。
 草刈り鎌で除草するには、「しゃがむ必要がある」ことだった。
 そんなことは当たり前だけど、考えてなかった。
 これはお気楽では済まない誤算だった。

 とにかく立ったままでは草むしりはできない。いくら愛する相手でも、1メートルも離れていたらキスはできない。
 
 で、やむをえずしゃがんだ。
 
 コンビニ前にたむろしている思春期の子供らには分からんだろうが、「しゃがむ」のは年寄りにとっちゃつらい動作なのだ。

 老人はしゃがむと安定感を失うの。なんとなく後ろへひっくり返りそうな気配になる。で、重心を前へ移そうとして、体はよけいな力を使う。30秒も続けると疲れてくる。草を数本抜いただけで疲れてたんじゃ、仕事にならない。
 
 しかし、だからといって「や~めた、こんな辛気くせーことやってられっか」と放置するわけにはいかない。いちおうオトナだからね。
 
 で、我慢して作業をつづけた。内心ではヒーヒー言っているのだが、うわべは何でもないように顔をして・・・。
 
 だがそんなヤセ我慢は数分しかもたない。すぐ投げ出したくなる。下半身の痛みが尋常でなくなるからだ。

 で、もう辛抱しきれん、と立ち上がろうとしたら、たまたま背後を通りかかった顔見知りの近所の人に、「お暑いのに大変ねぇ、ご苦労さまァ」などと声を掛けられて、さらに1,2分歯を食いしばってがんばる。
 
 が、ついに限界がきて、立ち上がろうとしたら、立ち上がれない。
 ふだん使わない部分をむりやり使ったために、腰から下の筋肉が叛乱を起こしたのだ。あるいはだらしなくも筋肉として機能しなくなった。
 
 鎌を放り出して、両手を地面につき、腕の力も使いながら必死にもがいたが立ち上がれない。カミさんに腕を引っぱってもらって、かろうじて立ち上がった。
 
 客観的に見ればブザマこの上ない姿だが、四の五の言ってる場合じゃなかった。駐車場と道路の境目でじいさんがいつまでもひっくり返っていたら、救急車を呼ばれる。
 
 カミさんがそばにいて助かった。
 彼女はわしより6歳若い。
 80歳前後で6年の年の差はけっこう大きい。中学1年と小学校1年生の差ほどじゃないけど・・・。
 ま、ともあれなんとか草取りを終えられたのはカミさんが一緒だったおかげだ。わしひとりだったら間違いなく救急車がピーポピーポやって来ただろう。
 
 そのあと風呂で汗を流して飲んだビールは、作業前に期待したほど旨くなかった。・・・というか、どっちかというと苦味が勝った。
 それを喉へ流し込みながら、わしはぼんやり思った。
 見くびっていた「草取り」仕事に復讐されたのだと。
 
 ・・・というのも、何かから目をそらせたい下手なキベンであることは、自分でも分っておりマス、ハイ。
 

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