水族館へ連れてって
NHKの某バラエティー番組のせいで、最近、「ボーっと生きてんじゃねーよッ!」と叱られることが多い。
確かに年寄りは「ボーっと生きてる」と、悲惨な結果になるのはまちがいない。
悲惨というのを具体的にいうと “生ける屍”。
なにせ下り坂が急勾配になっているから、何もしないでいると、黙っていても勢いがついて勝手にどんどん坂をクダっちゃう。
坂の下で口を開けて待っているのが「生きとる屍」。
それを食い止めるにはやはりボーッとしていてはいけない。何かしなきゃいけない。
”生きながら死んでる” っての実は私の趣味でして・・・という人は勝手にやってもらってていいんだけど、そうじゃない人は何かする必要がある。
で、わしだが、さすがに “生と死を同時にやる” のは趣味じゃない。
・・・とはいっても、食って寝て屁をすること以外に特にすることがないのが年寄りだから、何かするには自分から意識して、何かすることを作り出す必要がある。
で、あるとき、何がきっかけだったか忘れたが、ふと、水族館へ行ってみようか、と思った。さいわい1日で行って帰ってこられる所に大きな水族館がある。
で、カミさんに言ってみた。
「えッ、水族館? なんでまた急にそんなとこへ行くの?」
と彼女は一瞬不審そうな顔をしたが、すぐ、
「そうねえ、たまにはいいかも・・・・」
と賛同した。
たまには、とカミさんはいうけれど、わしらは50年余の結婚生活のあいだに、水族館にも海賊館にも行ったことは一度もない。
まあカミさんも、何でもいいから何かして、下り坂に歯止めをかけたいのだろう。
珍しくすんなり夫婦の意見一致をみたら、ちょっと不思議なことが起こった。
それから数日ほどのあいだに、複数のテレビ局が水族館がらみの番組をつぎつぎと放映したのである。まるでわしらの水族館行きの応援キャンペーンを始めたみたいに。
もちろん単なる偶然の一致にすぎないのだけれど、それにしても、この “偶然の一致” というやつはときどきか弱き頭の中をかき乱す。偶然というが、とても偶然では起きえないことが、目の前に起きることがままあるからだ。
が、まあそれは別の話だから措いといて、それらの応援番組のひとつが、水族館の中をたんねんに取材していた。
それを見ていてあることに気づいた。
来館者のほとんど・・・というよりほぼ全員が、幼児から小学生あたりまでの子供と、その子供らを連れてきた母親たちばかりなのである。
まあテレビ局の取材が夏休み中だったこともあろうが、唯一の例外は、魚より相手の顔を見ることのほうが大事そうな、若い恋人カップルが2,3組だけだった。
そんな中に、80歳前後の老カップルが1組混ざっていたら、どうだろう。
腰をまげ杖をついて、水槽の中より相手のシワばかり見ている・・・というようなことは万が一にもないとしても、ちょっと異様な光景にならないか。
最近の働き盛りの中年のあいだでは、居間のサイドボードの上に水槽を置いて、その中にメダカを泳がせて眺めるのが流行りだそうだが、そこによれよれのドジョウの番いがニョロニョロしていたら・・・。
疲れて帰ってきて水槽を覗いても、癒されないのではないか。
そういうところへ連想が働いて、少々気持ちが萎えた。
坂を滑り落ちるのをなんとか食い止めようと、我ながらケナゲなる刺激計画を考えてみたのだけれど、他の来館者の癒しの邪魔になるようでは、勇んだ足の動きもにぶる。
だが、一方で思った。
人は他人のことなどいちいち見ていない。たまたま目に入っても気になんかしない。
そんなことを気にかけ腰くだけになって “坂下り防止計画” をご破算にするようでは、先が思いやられる。・・・って先はもうほとんどないんだけど、だからこそ残された時間は大切にしたい。
・・・などとジレンマ状態に陥って、いまのところ、行くか行かないかどっちつかずのまま宙に浮いたままだ。
孫でもいて、「じいちゃん、水族館へ連れてって」とおねだりしてくれれば問題はないんだけど、問題はわしらには孫がいないことだ。
今から作るには少々遅いしねえ。
当ブログは週2回の更新(月曜と金曜)を原則にしております。いつなんどきすってんコロリンと転んで、あの世へ引っ越しすることになるかもわかりませんけど、ま、それまではね。