要するにどうしたいのだ?(その2)
きのうは、絵本作家の佐野洋子が書いていた「初老男の性事情」について取り上げた。老いかけた男よ、要するにあんたは何を求めているのか、と。(きのうの記事はこっち)
淫靡微妙かつ茫漠模糊とした初老男の心理にふれた佐野は、男の気持ちは腐った水に住むボウフラの気持ちが分からないのと同じくらい分からない、と書いていたが、きょうはそのボウフラが成長したのちの話。
周知のようにボウフラは成長すると蚊になる。
夏の夜、その蚊がどっかからかやってきて、顔のまわりをプンプン飛び廻ることがある。
わしは夏の夜は暑いので窓をあけて寝る。網戸は閉めているのだが、築30年の家なので、築80年の住人同様、どっかに穴でも開いているのだろう、たびたび蚊の訪問を受ける。
網戸の穴は年だからしかたないとしても、断りもなく入ってきて、勝手気ままに飛び廻られるのは築80年としては迷惑だ。気になって眠れない。そうでなくてもわしは寝入りが悪い。苦心サンタンしてようやく眠りのトバ口までたどりついてウトウトしかけると、それを狙いすましたようにプ~ンとやってくる。
もちろん奴らの狙いはわしの血だ。老いて質の悪そうな血でも、収穫ゼロで飢えるよりはいいのかもしれない。着陸する適地をもとめて暗闇の中に旋回する。
いまや世間に役立たずの身だから、縁あってやってきた蚊に、せめてわが血の一滴くらい与えてやろう・・・と思うほどわしは円熟していない。
灯(あかり)を消しているので、敵さんの姿は見えない。
そこで羽音を頼りに、めくらめっぽう空中に掌を打ちあわせて撃墜を試みるが、むなしく虚空にパチンパチンと音をたてるのみだ。
そこでわしはじっとして(息さえ止めて)、敵蚊がわが身体のどこかに着陸するのを待つ。着陸すれば、皮膚感覚をたよりにおよその位置が推定できる。そこを狙ってパチンと必殺平手打ちをくり出す戦術だ。いわば挺身作戦。
ところが、そうして待っていると、わが方の作戦を見抜いたわけでもなかろうに、ヤツらはなかなか着陸しないのだ。なにをぐずぐずしておる、早く停まれ、とジリジリする。
ところが敵さんは、そんなわしをおちょくるように、ひとしきりわが顔面近辺を旋回したあと、ふいと居なくなる。羽音が遠のくのでそれとわかる。
今のは偵察飛行だったか。・・・いやそうではなかろう。下等動物とはいえ、ヤッコさんだって計算くらいはするのだ。においをたどって近づいてよく見れば、獲物は古びた爺さんだった。リスクを取って着陸しても、栄養価の低い血しか手に入らないんじゃ、コスパ的にどうか。やめとこ、と去っていったのにちがいない。・・・などと安心してはいけない。
数分もするとまたプ~ンとやってくるのだ。そこでふたたび息をとめ、待ち伏せ態勢にはいる。
が、敵蚊は、近づいたり遠のいたりはするものの、やはりなかなか着陸しない。
わしの目は冴えてランランとしてくる。気は高ぶってイライラする。怒鳴りたくなる。
「おい、はっきりしろ。要するにお前はどうしたいのだ?!」