病室のヒール(悪役)

病室の悪役

前回(11月6日)、女房が入院したときに付き添いとして見た病室内のいくつかの情景を書いたが、今回は病室内の嫌われ者について書いてみる。(前回はこっち)

 職場でもPTAでもファンクラブでも、一定の人が集まってグループができると、中に必ず1人や2人イヤな人間はいる。プロレス興行にかならずヒール(悪役)がいるようなもんだ。
 病院の病室も例外じゃない。
 
 ある日、患者のひとりが若い看護師をつかまえて、
「ねぇ、戻ってくるんだって、Kさん?」と訊いた。
 看護師は、ひとつ開いているベッドのほうを顎で示して、「午後からそこへ入るわよ」と不機嫌そうに答えた。すると訊ねた患者は、「えぇーッ、ほんとぉ? いやだァー!」と、ゴキブリがベッドの中に入って来たような顔をした。
 
 そのときわしはKを知らなかった。だがどうやらこの病院では、評判の鼻つまみ者らしかった。で、わしにひそかな愉しみが生まれた。どんな人物が現われるのだろうと。
 
 午後、彼はまさに、プロレスのリングに上がるヒール然としてやってきた。
 ど派手な色のどでかいキャリーバッグに、衣類・その他の入院用小物など一切を詰めこんで・・・。
 年齢は60歳くらい。付き添いはおらず当人ひとりだけだ。右足を引きずっていたが、それ以外はどこが悪いのか分からない健康人に見えた。特に口は健康というより “頑健そのもの” と表現べきだろう。入ってくるなり、
「相変わらずここは陰気くせえな」
 独り言のように、しかし病室のみんなに聞こえるような大声で言った。
「しかたがねえ、またしばらく居てやるか。心臓がいうことを聞かねーんだからしょーがねえ」
 どうやら心臓が悪いようだった。あとで判ったのだが、タチの悪い不整脈で、何かというとすぐ暴れだす、そのたびに大げさに騒いで入院してくるらしかった。

 彼は病室にいる間、ほとんど間断なくしゃべっている。看護師が注意してもほとんど無視、看護師長がわざわざやってきて「出てもらいますよ」と強く言うと、しばらくはおとなしくしているが、すぐまた元に戻る。
 話す内容のほとんどは、その場にいない病院スタッフや同室人、あるいはテレビに出てくる有名人の悪口・うわさ話だ。あとは本人の自慢話。看護師がいるときは看護師相手に、いないときは新入りでKのことをよく知らない同室患者を被害者にして・・・。誰からも相手にされないときは独り言のように。

 この「・・・のように」がポイントだ。彼は独り言をよそおって病室内のみんなに聞かせているのだ。
「(看護師の)Sはさァ、厚化粧で若ぶってるけど、35を越えてるな。けどよ、化粧で性格は隠せねーしよ、悪いけどありゃあ一生独身だ

 あるいは同室人のひとりが検査で病室を出ると、待っていたように、
「あのじいさん、アレでけっこう金持ってるっていうから、人は見かけじゃ分からねーよな。息子や娘がが入れ替わり立ち替り見舞いにくるのは、もちろん財産ねらいよ。早く言やあぶん取り合戦。それ以外に考えられるか」

 それでいて担当医には、馬鹿ッ丁寧な態度に一変する。
「そのまま、そのまま・・・」と医者が制するのも聞かず、起き上がってベッドの上に正座し、
「先生、ありがとうございます。先生は名医ですね。きのう打っていただいた注射がとても効いて、わたしの心臓、昨夜はずっとおとなしくしておりました。もう先生さまの方へ足を向けて寝られません」
 聞いているだけで尻がムズがゆくなる。
 Kは担当医師に、入院するたびに相当額の付け届けをするということだった。直接渡さずに、興信所に自宅住所を調べさせて送り付けるのだという。病院スタッフに嫌われながらたびたび入院させてもらえるのは、そのおかげだともっぱらのウワサだった。
 
 これもウワサで仕入れた情報だが、Kは、それこそ見かけによらず大金持ちだということだった。あちこちに不動産を多く所有していて、自身は億ションの一室に独りで住んでいるという。
 家政婦紹介所が派遣するお手伝いさんが毎日通ってくるのだが、ほとんどは一週間と続かないらしい。彼がひんぱんに口にする「クソババア」というのは、仕事上Kに注意することの多い看護師長と、この自宅のお手伝いさんのことらしい。
 もっとも、担当医への付け届けもふくめてこれらの話は、誰もがKに反感を持っている同室患者たちのウワサ話だ。そのウワサの出所にはKの “独り言” も入っているだろうから、どこまで本当かわからない。

 しかしはっきりしているのは、いちばんの被害者は看護師たちだということ。Kは彼女らの指示に素直に従わず、いちいち何かしら文句を言う。たびたびの入院で知識もふえているのでやっかいだ。
 いつものことなので無視すると、
「おいおい、看護師ってのはそんなにエライのか? オレなんかには返事もしてもらえねえのかよ」
 と絡まれる。
 またひんぱんにナースコールをする。テレビのリモコンのボタンでも押すように、夜中でも勝手気ままにコールする。仏頂面といっしょに看護師がやってくると、さいしょは弁解のように心臓がどうのこうのと言うものの、いつのまにか健康で女にモテた若いころの自慢話になっている。
 まあ、看護師としてはやってられないだろう。だがナースコールをされたら、一応来ないわけにはいかないらしい。来なかったらそれこそ何倍も誇張した苦情を病院へ申し立てるだろうし。

 ビンボー人のひがみかもしれないけど、神はどうしてこういう人間に金を与えるのだろうと思ってしまう。金を持っているいるがゆえに、彼のひと迷惑な性格が倍増されるのに。
 あるいはひょっとすると、愛情深き神は、Kのような性格・境遇に生まれた孤独な人間だからこそ、せめて金を与えて人生のバランスをとってやっているのだろうか。
 
 お前ならどっちを選ぶ? と訊かれたら、わし、どっちを取るかな。

ポチッとしてもらえると、張り合いが出て、老骨にムチ打てるよ

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