ウォッチ 病院の大部屋

病院の病室

 わしの周辺の友人知人は、わし同様ポンコツなので、何かというと故障を起こして整備工場へ送り込まれる者が多い。
 その点わしは、ポンコツはポンコツでも、これまで整備工場へ入ったことのない車・・・じゃなかった人間である。それがまあ唯一の取り柄といえば取り柄か。

 だが、そんなわしとは反対に、女房はここ数年の間ひんぱんに入退院をくり返した。路上で発作を起こして救急車ではこばれ、かと思えばこっちのガンを内視鏡手術で切り取り、あっちの腫瘍を腹腔鏡下手術で切り外し・・・といった感じで、いわばひっぱりだこ・・・とは言わんか、こういう場合は。
 おかげで、健康自慢で非入院レコードを更新中のわしまで、病室ですごした延べ時間はかなりのものになる。自然、病院もしくは病室の事情に詳しくなった。

 金がだぶついて処分に困ってる身分ではないので、女房が入る病室はたいてい大部屋だ。救急車で搬入されたとき、「空きがないので」と言われて問答無用で個室に入れられて、差額ベッド代にびくびくしながら過ごした時をのぞいて・・・。

 いまの病院はほとんどどこでも完全看護だし、患者は有線・無線のセンサーで監視されているので、連れ合いの付き添いといってもすることはあまりない。ヘタに手を出したりすると、たちまち看護師が飛んできて「余計なものに触らないで下さい!」と叱られる。

 かといって、(新婚夫婦ならいざ知らず)結婚十年ともなると、惜しげもなく地肌をさらして眠っている古女房の顔をじっと見つめ続けるというのは、ソートーのエネルギーを要する。
 病の女房が目を覚ましたときに、心配そうに覗き込んでいる夫の顔が目の前にある・・・といった安っぽい闘病ドラマの一場面を再現するのは、老いた夫には至難のワザといっていい。
 といって、病人の顔のしわの数を丹念にかぞえるといった時間つぶしの工夫も、1回数えて結果が出てしまえば2回目は使えないし、しらがの数をかぞえるほどの根気はそもそもない。

 となれば、一番のヒマつぶしになるのは同室の人間たちである。つまり、たまたま同じ部屋で何日かをともに過すことになった患者たちを、ウォッチして退屈しのぎにするのだ。

 承知のように大部屋では、各ベッドの周りにカーテンがめぐらされ、それが間仕切りになっている。
 たしかに視線は遮られ、カーテンの中は見えない。しかし音は聞こえる。肉体的に痛いのか精神的に苦しいのか、歯の間からもれ出るうめき声はもちろん、「あの野郎、結局来ないつもりだな」などといった小さなつぶやき、時には世をはかなむような微かなため息まで耳にはいってくる。

 こうした病室観察で改めて思い知るのは、(当たり前のことだが)世の中には実にいろんな人間がいるということだ。自分の意思ではなくたまたま一か所に集められた人間たちだから、ふだんの生活では絶対に付き合うことのない種類の人間の言動を、まじかに見聞することができる。時には話も交わす。そうして素知らぬ風を装いながらひそかにあれこれウォッチするのは、まあヒマつぶしとして悪くない。
 
 直近の入院では、めずらしく男女混合の6人部屋だった。女性2人、男性4人。
 女性はわが女房と、50代後半のおしゃべりな女。この女性は「ねえ、おたく、どこが悪いの?」と訊いてみたくなるほど明るく元気。

 一方男性陣は、1人が50代後半で現役だが、あとの3人は定年でフヌケになって、いやおうなく免疫力を低下させた連中だ。現役男のところには会社の部下らしいのが次々と見舞いにやってくるが、定年組の男たちのところには、家族以外だれも来ないのでそれと分かる。

 たったひとり家族以外で来たと思ったら、付き添いの奥さんのほうの友だちだった。
 最初病人に「どうですか、具合のほう?」と聞いただけ。あとはひたすら奥さんとだべりまくっている。
「〇〇の奥さん、××駅裏の喫茶店から、ひと回りほど若い男と手をつないで出てきたんだって!」とか、
「▽▽市の福祉協会がやるバザー、いいモノが出ないわねえ。住んでいる人の生活レベルが分かるわァ」
 といったたぐいの、話している人の人間レベルが分かるような話を、えんえんとして帰っていった。帰り際に病人へ、
「お大事に」
 と言ったが、病人は返事をしなかった。気持ちわかる。

 別の入院のときだったかもしれないが、見舞いがひとりも来ない初老の男がいた。
 入院したときだけ奥さんらしいのが来て、ほとんど話もせずしばらくベッド脇に座っていたようだが、翌日からはまるで姿を見せなかった。
 子供・兄弟とか、友人・親戚らしいのも来なかった。カーテンはいつも引かれたままで、もの音もほとんどせず、「生きてるんだろうな」と心配になったときもある。
 看護師や医者が来て、カーテンが引かれたときに盗み見ると、たいていは時代物の携帯ラジオのイヤホンを片方の耳に差しこんで、目をつむっていた。
 この男の一生が想像できるようだった。

 しかし最後のタイプのような病人は、病院側には手間がかからない “歓迎患者” なんだという。同室の患者がそう言っていた。
 逆に同じ入院費でも何倍も手間がかかる患者もいる。
 次回はそういった “悪役患者” の典型を書いてみる。

ポチッとしてもらえると、張り合いが出て、老骨にムチ打てるよ

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