ある母と息子
6月1日の記事でもちょっと触れているけれど、先日亡くなった義母と、その息子のMは折り合いがあまりよくなかった。(→こちら)
よく、夫婦のことは他人には分からないというが、血のつながった親子も同じだと思う。ふたりの間には、当事者以外には分からない何かが潜められている場合もあり、第三者があれこれ言うのは避けたいと思う。
ただ、外側から見える客観的な事実は、だれが見ても同じなので書いてもよいだろう。
Mは、いわゆる一流大学を出て一流の会社に入り、人並みに昇進して会社内の地位も築いた。ただ結婚はしなかった。
しかしそれが母と子の不仲の原因もしくは理由ではなかったと思う。義母の日常の言動に、それをうかがわせるようなものが一切なかった。
おそらくMの少年時代に、余人にはうかがい知れない何かの火種が母子の間に埋め込まれたのではないか・・・とわしは推測する。
人間関係というやつは、時に予測のつかない複雑なからまりを見せて、簡単にはほどけないシコリになることがある。たとえ血がつながっていても・・・いや血のつながりがあるからこそ、いっそう複雑にこじれることもある。
ともあれ何が原因なのかわしには分からないのだが、Mは若いころからあまり親の家に寄りつかなかった。せいぜい正月に姿を見せるくらいだった。
しかし義母の頭のなかには、つねに息子のことがあったと思う。
仲がよくないといっても、突き放して近づけさせなかったのは息子のほうだ。
母親のほうも気のつよい人だったから、感情に引きずられて無節操に近づくことはしなかったけれど、長い間まるっきり音沙汰がないと、たまに辛抱が切れたように電話を入れた。だがけんもほろろの応対を返れたようだ。そういうときの義母は、さすがに悲しそうな辛そうな目を隠せなかった。
そうしたことがつづき、母親の晩年の4,5年は、関係がさらに冷えて、Mは正月にさえ姿を見せなくなった。義母はあからさまには口にはしなかったけれど、Mのことが常に胸の底にうずくまっていたのはまちがいない。
やがて義母の命もこの先あまり長くは望めそうになくなって、Mの姉(わしの女房)が連絡を取ろうとしたが、相手が姉と分かるとガチャンと電話を切る。手紙なら読んでくれるかも・・・とわしが封書を送ったりもしたが、無視された。取りつく島がなかった。
そうこうするうちに、つまり死ぬまでになんとか和解をしておきたいと望みながら果たせないうちに、義母は脳梗塞に倒れた。(参照→『あと3ヵ月で百歳になる母が・・・(1)』)
その事実はもちろんMに知らせた。
だが彼はなかなか病院に現れなかった。ようやく姿を見せたのは、母親が倒れて10日ほど経ってからである。
そのとき、たまたまわしらも病室に居あわせたが、彼は少し離れたところから、ベッドの上で身動きしない(できない)母親を、ただじっと眺めていただけだった。話しかけることも、腕にふれることもしなかった。
しかし彼はその後、わしらのいないときに何回かひとりで病院を訪ねてきたらしい。主治医に会って、病状や今後の見通しなども訊いたという。
・・・ということを、わしらは担当の看護師から聞いた。
へー、彼が・・・とやや意外に思っていた。すると翌日、思いもかけずわしのパソコンにMからメールが届いた。血のつながりのないわしには、彼も家族に対するものとはちょっと違った対応を見せていた。
・・・ということもあって、病院で会ったときに、念のため当方のメルアドを書いた紙片を渡しておいたのだが、あまり期待していなかった。
Mのメールにはこんなことが書かれていた。
主治医は、母はこちらの話すことは全く理解せず、また意思や気持ちを表わすこともできない、命もあまり長くない、というようなことを言っているけれど、そんなことはないと思う。
前回行ったとき、口を顔に近づけて話しかけて、分かるかと訊いてみると、目を開けて、かすかではあるが「はい」と答えた。その目はしっかりこっちを見ているように思えた。話は理解できなくても、目に入るものは理解できていると思った。
それで今日は、病院の外の景色や建物の外観、そして院内のナースステーション・廊下・ロビーなどをスマホで写真や動画に撮って、「お母さんが入っている病院はこんなとこだよ」といって見せてやったら、うれしそうにじっと見ていた。
医者のいうことはあんまり当てにならないと思う。この調子だとまだまだ生きるような気がする。・・・
わしはすぐMにメールを返した。
きみは最高にいいことをした。何百万円もする薬の何倍もお母さんに効いたと思う。後1年くらい命は延びるかもしれない・・・と。
義母が息を引き取ったのは、それから2日後だった。
人の心は実に複雑で、繊細で、強そうで弱く、哀しい。
当ブログは週2回の更新(月曜と金曜)を原則にしております。いつなんどきすってんコロリンと転んで、あの世へ引っ越しすることになるかもわかりませんけど、ま、それまではね。
返信はいりません。
ただただ、涙が出ました。
良かった。。。
息子を持つ私には、お母様の嬉しさが手に取るようにわかりました。
むらさきさんのコメントはいつも
年に負けそうなわしを励まします。