不味い年代物ワイン

 わしは子供の頃、外国映画を見ていて、不思議に思うことがあった。
 言葉は国とか人種によってぜんぜん違うのに、笑ったり泣いたりする場面では、どの国の人、人種の人もまったく同じ表現をする。それが不思議だった。
 
 画面の登場人物が話している言葉は、字幕を読まなければ何を言っているか分からない。完璧版チンプンカンプン。
 なのに彼らが笑うとき、あるいは泣くときは、字幕なしでもその気持ちがよくわかる。
 だから字幕も出ない。
 もし人物の笑い声や泣き声にかぶせて、「ワッハッハ」とか「えーんえーん」とかを字幕に出したら、ま、アホみたいだ。・・・ていうかこっちがバカにされてる気がする。
 
 それと同じたぐいの心の動きをすることが、ほかにもある。
 当人がいちばんよく知っている自分の欠点や弱点を、他人から指摘されるときだ。気分があんまりよくない。早くいえばムカつく。
 
 たとえばわしは食事のとき食べるのが速い。速いだけではなく、ガツガツ食べているように見えるらしい。要するに品がない。気をつけて、とカミさんに言われる。
 
 わしは育ちざかりが戦後の食糧難時代だった。兄弟も多かった。で、食事どきはいわば戦争。のんびり食べてたのでは食いっぱぐれる。
 
 現在、日本人の食べ残し量は年間1900~2300万トンで、世界一だそうだ。そんな時代になっても、わしは子供時代の後遺症が後を引いていて、早食い競争からなかなか抜けだせない。
 
 ・・・と、まあ、そういう自分の欠点やみっともなさを、わしは十分に承知している。なのに人と会食するときなど毎度のように、「ガツガツ食べないのよ。ゆっくり落ち着いて食べてね」などと幼稚園児をさとすように言われると、80翁(この翁っての、一度使ってみたかったの)の内心にも波が立つ。こっちのタメを思って言ってくれてるのは分かっているんだけどね。
 
 そんな自分を振り返ってみて、ため息とともに思うよ。
 80年余も人間やってきて、もう少し熟成できないのか・・・と。
 頭脳を持たないワインやウイスキーでさえ、年月をかければ熟成して味がまろやかになる。車やカメラも年古ればビンテージものと言われて愛される。万物の霊長といわれる(こともある)人間に生まれながら、長く生きても少しも熟成しない。・・・というのは、情けない。
 
 いまさら悔やんでみても遅いのだけどね・・・。

 

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