蝶にまつわる因縁話

蝶の乱舞

 数日前のことである。
 いつもように食料の買い出しに家を出ると、あちこちに蝶が飛んでいるのがやたら目についた。
 
 白い蝶である。あまりきれいではない。純白ではなく、ちょっとくすんだ感じの白で、どことなく翅の大きな蛾のようにも見える。
 
 前日には見なかったように思う。少なくとも気づかなかった。一夜にして幕を切って落としたように、辺りにそんな蝶が舞っている。あ、ここにも、あ、あそこにも・・・といった感じで、スーパーに着くまでずっと続いた。まるでわしら夫婦のあとをつけてきて、まとわりついているのかと思うほどだった。

「発生の最盛期が今日なのだろうか、この蝶は・・・」
「そうかもしれないけど、それにしてもちょっと異常な数ね。こんなことって今までにあった?」
 などと会話していて、わしは頭の中で、しぜんに蝶にまつわるいくつかの体験を思い出していた。
 
 それらはかつてこのブログにも書いている。
 ひとつはわしが幼児のころ、洗濯に追われる母親の頭の上を飛びつづけていた蝶のこと(→2018年10月8日『蝶が飛んできた日』)。
 
 もう1つは義母が亡くなったとき、彼女が仲良くしてもらっていた近所のお宅のガラス窓に、深夜に近い時間だったのに白い蝶が飛んできてしばらくいた、「もしかしたら・・・」と思っていたという話をあとで聞かされ、その時刻が義母の息を引き取った時間に近かったことに震撼したこと(→2019年6月1日『義母が永眠した』)。
 
 何とはなくそんな過去の体験を甦らせていた時、わしはあることに気づいて思わず声を高くした。
「そう言えば今日は、お母さんの一周忌じゃなかった?」
 
 カミさんの実家は、長男である義弟が継いでいて、義母の葬儀の喪主も彼がしたのだが、その後、墓じまいをして仏事とは縁を切っていた。だから一周忌の法事も行わなかったので、すっかり忘れていたのだが、義母が亡くなったのは、まさしくちょうど1年前の今日だった。それを蝶が教えてくれたのではないか・・・という話になった。
 
 AIとか5Gとかが世の中を歩き始めている時代に、何を時代錯誤的なことを・・・という気持ちももちろんあった。
 それは分かっていたが、それにしても、不思議な思いはぬぐい切れなかった。
 
 それでわしらはこんな占いをした。
 家に帰ったとき、もし玄関の戸口の前にも蝶がいたら、そりゃまちがいなくお母さんの魂が来ていると思っていいかも・・・と。
 
 口ではそう言いながら、わしはそんなことはあるはずがないと思っていた。ありえないと思った。
 
 ところが帰ったらいたのである。飛んではいなかったが、玄関の戸口のすぐ前の地面の上に、一匹の蝶がじっとしていたのである。
 
 死んでいるのかと思い、しゃがんで顔を近づけると、死んではいなかった。じりじりと少しずつ前へ這った。
 
 偶然だという可能性はある。偶然ではないという証拠はどこにもない。
 しかし偶然にしては出来すぎるようにも思う。
 
 前述のブログ『蝶が飛んできた日』でも触れているが、高名な生物学者・福岡伸一氏が、2019年4月11日の朝日新聞にこんなことを書いている。
「-(前略)- 蝶の幼虫は常世(死者の行く永遠の世界:半ボケじじィ注)の虫と呼ばれ、この世とあの世をつなぐものとして大切にされた。そして蝶の劇的な変身ぶりは、死者の化身と考えられたのかもしれない。-(後略)-」
 

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