命長ければ恥多し(3)

命長ければ

(前回からのつづき)

 Aの高校時代の友だちで、この話を持ち込んだ男Bの上司である中年女(C女史と呼ぶことにする)に最初に逢ったのは、忘れもしないが国鉄(現JR)大塚駅からそう遠くない所にあった、こじんまりとした喫茶店だった。(前回まではこちら①

 数日前、Aに教えられていた電話番号へ、言われたとおり夜の9時すぎに電話を入れると、相手の女は、わしが通っていた予備校からあまり遠くない所にあるその喫茶店を指定したのである。大塚駅からの道順も手際よく教え、逢う日時もこちらの都合も訊いてテキパキと決めた。さらに彼女は当日、目印にピンクのハンカチを手にしていることも付け加えた。  

 その話し振りは、社会に出てバリバリ仕事をしてある地位にまで昇った女の世慣れたものがあって、受話器を置いたあと、わしはまた少し武者震いした。
 
 ちなみにC女史に逢うにあたって、もう一つAに言われていたことがあった。
 それはAの影武者として振る舞うということだった。
 つまりわしはAの身代わりになるのだ。
 Bはもちろん身代わりを承知していたが、C女史には知らせていないという。
 わしはBの高校時代の友だちAとして彼女に会う。そのためわしは、Aの簡単な略歴や環境などをいちおう訊いて頭に入れておいた。
 
 さて、いよいよその日がきた。
 指定された喫茶店のドアを開けた時のことは、こうして記憶を手繰っていると、まるで1週間前のことのように思い出される。いまでも心臓がどきどきするようだ。
 
 その喫茶店は、歩道から細い階段をおりた地下1階にあった。
 ドアを開けて一歩中へ入ると、全座席がひと目で見渡せるような小さな店で、うす暗いが落ち着いた雰囲気があり、クラシック音楽が小さく流れていた。
 
 ドアを閉め店内をざっと見まわすと、一番奥の座席に、壁を背にしてそれらしい中年女が座っていた。わしが気づく前から彼女はすでにわしに目を向けており、さりげなく手を動かして、握っているピンクのハンカチが見えるようにした。

 女もわしもひと目で相手を認識したわけだが、いま考えるとスゴイものだと思う。こういうときの生きものというのは、特別のオーラでも出すのだろうか。
 
 C女史は想像した通りのところと、思っていたのとすこし違う部分があった。
 顔は美しいとは言えないがブスでもない。まあ人並みといっていいだろう。
 身体は、わしは何となくがっしりした大きな女を想像していたのだが、意外と小柄だった。やや中年ぶとりした体にスーツを着ていた。
 
 考えてみれば、わしはその日、午前中は予備校の授業に出ていたから(ほとんど頭に入らなかったけど)、その日はウィークデーだ。相手のC女史は、外回りの営業の合間にでも時間を作ったのだろう。
 
 このとき、どんな話をしたかはあまり憶えていない。おそらくコチコチに緊張していたからだと思う。
 C女史の部下であるBは、高校時代はどんな学生だったのか、とか、わしはどんなものに興味があって、将来はどんな仕事をしたいのか・・・みたいなごく平凡なことを訊かれたような気がする。そんなありふれた問いかけにしどろもどろに答えるわしを、彼女はどこか客観的な冷めた目でじっと見ていたような気もする。
 ただ、近くに他の客がいたからかもしれないが、直接的な性に関する話は一切しなかった。予想外だったのでそれは記憶に残っている。
 
 この種のアダ事の経験がまるで無かったわしは、喫茶店でしばらく話をしたあと、すぐにも近くのラブホテル(当時はたしか “連れ込み” と言っていた)へ行くのだと思っていたのだが、違った。相手が仕事中だったからでもあろうけど、この日は30分ほど話をして、日を改めてまた逢うことになった。
 
 まあ女史としては、まず人間を見たのであろう。たとえノドは渇いていても、飲む気のしないようなイヤな奴ではないか、後で問題を起こしそうなアブナそうな男ではないか・・・というようなことを見たのにちがいない。

その意味では、まあひとまず1次試験は突破したのである。

         (次回がこの話の最終回。次回はこちらから)
 

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