命長ければ恥多し(4)

初体験

 国鉄(現JR)大塚駅近くの喫茶店で、情事相手の中年女性と初めて会ったが、このときは顔合わせだけで、次のデートの約束をして別れた・・・という所までを前回までに書いた。(それまでの経緯はこちらから

 前回喫茶店で会ったとき、「次の休日の朝10時に、大塚駅の改札口で逢いましょう」と言われた。もちろん反対する理由もないので承諾したが、どこかちょっと違和感を感じたのは事実だ。

 男と女がナニをするのに朝っぱらから、というのも何となく違うような気がした。(もちろんわしはどんなに朝早くからでもOKだったけれど)
 また、その日のお天気しだいでどこに行くか決めましょうとも言われたが、その意味もよく分からなかった。

 しかし、ま、晴れの日は晴れの日に、雨の日は雨の日にふさわしい逢瀬の場があるのかもしれないと思い、朝早くからというのは、1日たっぷり楽しみたいからなのかも・・・などと勝手に都合よく解釈して、またも武者震いしただけだ。

 ともあれ、約束した日に大塚駅へ行った。
 爽やかな好天気だった。男と女の濡れゴトよりも、家族連れハイキングにふさわしいような・・・。

 ところが驚いたことに、彼女は実際に言ったのである。
「いいお天気だから、○○牧場へ行きましょう」
 このときは一方的にそう言って、さっさと切符を2枚買い、1枚をわしに渡した。で、訳がよく分からないまま山手線の電車に乗って、秋葉原で総武線に乗り換えた。
 
 電車はそれほど混んでなく、並んで座れた。だが自分から話かけることはできなかった。女の問いかけにただ短く答えるだけだった。
 
 やがて正面の車窓に流れる風景が田舎に変わった。
 わしは思った。いったいどこへ行こうとしているのだろう、と。
 知りあいと出会う可能性が絶対にない所に、行きつけの(というのもヘンだけど)連れ込み宿があるのだろうか・・・などと。
 
 それにしても、「○○牧場」にそんな “施設” があるのだろうか。名前は近場の観光地の感じで聞いたことがあったが・・・。
 ちなみにここで「○○牧場」と書いているのは、単に○○部分を思い出せないだけで、他意はない。

 そのうちC女史も話しかけてこなくなった。質問のネタが尽きたのだろう。
 ぎこちない沈黙がつづき、空気が重くなった。
 千葉県の小さな駅で降りるまでずっと、わしは全身を重い鉄の甲冑で固めたみたいで、もはや武者震いさえ出なかった。

 こんな思いをするために、一大決心をしてAの話に乗ったわけではなかった。牧場へ向かう電車に乗ろうなどとは、夢にも思わなかった。

 じつはこの辺りから、思い出すだけでも気が滅入る。いや気分が悪くなる・・・と言いたいくらいだ。
 このときのことを思い返すと、わしは胃がキュッと縮まって痛くなる。

 実際これじゃまるで幼児ではないか。少なくともあと1年で成人式を迎える男の姿ではない。保母さんに引率されて道を行く幼稚園児みたいに、言われるとおりにただ従っているだけのコドモ。

 さすがに内心では情けないと思い、ジクジとするものを感じてはいたけれど、まるで手足を縛られているように、どうすることもできなかった。

 電車を降りてから、路線バスに乗ったような気がするが、よく憶えていない。
憶えているのは、穏やかな起伏のある美しい高原のような所を、ほとんど話もしないで歩いたことだ。
 そこが「〇〇牧場」だったのだろうが、牛とか馬の姿をみたような記憶はない。良い天気だったけれど、観光客というか、行楽の家族なども見なかったように思う。

 さて、この話もいよいよ核心に近づいてきた。
 ちゃんと整備された遊歩道から、あまり手入れのされていない雑木林の中に、C女史は入って行ったのである。

 遊歩道からかなり中へ入った辺りに、なぜかとても気持ちによい場所があった。じっさいC女史はここで足を止め、手提げバッグの中から折り畳みの敷物を出して、草の上に広げた。

 ああ、”行きつけの連れ込み宿” はここだったのか、天気のよい日限定の・・・というようなことを一瞬頭をよぎったが、いよいよその時がきたのだと思うと、心臓が激しく飛び跳ねはじめた。

 ここからのことが、じつは第1回で述べた、その後のわしを悩ませた問題のシーンである。(第1回はこちら

 だがそれをそのまま書くと、ほとんどポルノ随筆と変わらなくなるので、控える。
 ただ、そのポルノシーンの展開のなかで、後になってチラリと思い返すだけで、60年を経た今でさえ頭に血がのぼり、噛みしめた歯のあいだからうめき声がもれるような、幼くも愚かで滑稽な恥ずかしい行為をやってしまったのである。

 この、わが人生最初のアバンチュールが、予想もしくは期待したものから大きく外れたように、C女史にとってのそれも、まさしくアカンチュールであったことは想像にかたくない。
 その証拠に、C女史とはこの日1回限りで、リピート発注がなかったことからも分かる。

 まあ当たり前といえば当たり前だ。わしが仮にC女史だったとしても、間違いなく同じ反応だっただろう。ウブ男の可愛らしさとは無縁の、こんな面倒くさい青虫の相手はご免こうむる。
 
 この日の仲立ちをしたAは、その夜電話してきて、どうだったかと首尾を訊いた。
 わしは曖昧な表現で、あまりうまくいかなかったと答えた。

 ところが、Aがこのことに触れたのはそのとき1回だけである。その後は、そんな話など最初からなかったように、いちども話題にしなかった。

 おそらくAはその後Bを通して、C女史からのより具体的な現場報告を聞いたのにちがいない。

 それを聞いてAとBがどんな反応をしたかリアルに想像できる。
 2人のあいだでどんな会話が交わされ、どんな爆笑が巻き起ったか・・・。

 で、わしは思わずカッと頭に血がのぼる。

 このブログはふだん年寄り臭い話が多いので、たまには息を入れないと・・・と思い切って若いときの苦い話をしたが、息を入れるどころか、60年を経てまた息が詰まる気がした。情けない。

 

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