認知症のカミさんがひとりで旧友に会った(上)

海辺

 長い間会うことのなかったカミさんの友だちから、思いがけなく電話がかかってきた。もう5,6年以上も会っていなかったKさんからである。

 きのう会った人でも、名前はもちろん、1日過ぎれば会ったことさえ頭の中から雲散霧消してしまうカミさんの現況では、かつてはたびたびご一緒した仲だったKさんも、もはや誰のことやら濃い霧の中であるらしい。応答にヘドモドしている。
 
 たまた隣にいたまわしが電話を替わって、カミさんの認知状況を説明し、後ほどこちらから掛け直させることにして、いったん電話を切った。
 
 かつての二人の関係をわしが説明して、そう言えばそういう人がいたなァと記憶が甦ってから、カミさんは電話をし直した。

 彼女は今や記憶が関係することには無能になったが、記憶が関わらないことには、まあまあ人間のテイを保っている。

 するとKさんは、すぐにでもぜひ会いたいと熱望したらし。
 といっても、なにか特別の用件があるわけでもさそうだった。
 何とはなく、この世を去る日が近くなったような気がして、その前に一度会っておきたい・・・と強く思ったようである。

 そういう話をときどき聞くが、どこか遠い人の話かと思っていたら、いつの間にか自分ら自身の話になっている。年齢の忍び足は優秀だ。
 
 で、とにかくKさんがわざわざ2時間ほどかけてわが町にやってきて、カミさんと会うことになった。Kさんがそう強く希望したのだという。
 当町は海辺にあり、海が見たいから・・・と彼女は言ったそうだが、年齢は一つ二つ上だけれど、認知症に手を付けられていない自分のほうが動くべきだと判断したらしい。いくつかの交通機関を乗り継がなきゃならないから・・・。
 
 さいわい海辺に格好なレストランがあって、目の前に波が寄せるのを見ながら食事ができる。そこで会うことになった。

 その店へは隣市のJR駅から徒歩20分ほどで行ける。
 天気が良ければ、バスに乗るより散歩がてら歩くと気持ちいいので、隣市のJR駅で待ち合わせるにした。
 
 当然、レストランまで案内するのはカミさんになる。
 ひとりで大丈夫かな、とわしは最初ちょっと不安に思った。
 最近は医者へ行くにもどこへ行くにも、わしが同伴している。カミさんは行き先がとつぜん消えてしまったり、降りるバス停を勘違いすることがちょくちょくあるから。
 
 しかしこれまで何度か歩いたことのある道筋なので、大丈夫だと言う。
 しかし彼女は、現在の自分のアタマの状況を客観的に把握しているとはいえない。彼女の言う「大丈夫」をそのまま信用するのは危ない。
 
 しかし、久しぶりに会ってオンナのツモル話がしたいのに、そこにムサくるしい爺さんがくっついてきて、幼稚園児の保護者づらで傍にいられたら、まちがいなく迷惑だろう。わしだって彼女らに、気のきかない無粋なゴキブリのように思われたくない。
 で、ここは思い切ってカミさんの残存能力を信じて、手を出さないことにした。
 
 さて当日は、朝から風もない晴天で、誂えたような好日だった。
 といって、好天だからカミさんの認知力が好転するわけではない。
 朝出かける前に、考えられる注意点を彼女に念入りに話した。
 どれだけ忘れないでいられるかあまり期待できなかったけれど、まあ、まるで何もしないよりましかと思った。
 もし急に頭の中が空っぽになり、どうしていいか分からなくなったら(たまにそうなることがある)、わしのスマホに電話するように言い、スマホの使い方を改めてリハーサルした。
 
 隣市の待ち合わせのJR駅まではバスで行くので、もよりのバス停まで見送った後は、もう運を天に任す以外になかった。
 で、天がどういう采配をしたかは、長くなったので次回で述べる。
 

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