見上げた生き方をする91歳

大谷選手

 少しも自慢にならないが、このブログは、長寿でもさっぱりメデタクナイ高齢者や、どこから見ても冴えない年寄りを扱うことが多い。
 つまりそれが大方の老人のあるがままの姿だからだ。ドジャースの大谷翔平選手を実況するマスメディアと同じことをやっている結果だ。

 しかし世の中には、そういう大方の年寄りの範疇には入らない人もいる。
 
 先日、新聞の読者欄にこんな投稿が載っていた。
 投稿者は現在91歳の老人である。しかも珍しことに男性だ。(新聞の読者投稿欄の90%以上は女性が占める)
 
 彼は70歳を超える頃から、こんな憧れを持つようになった。

「一度でいいから、美智子皇后(当時)のお顔を、そば近くで拝見したい!」

 それにしても大それた望みを抱いたものだ。
 もっとも望みだけなら、どんな憧れを抱こうが個人の自由だろう。なんなら美智子妃とナニしたいと憧れても、頭の中で思うだけなら皇宮警察にタイホされることはないんじゃないの?(わしはタイホされなくてもそんな望みは持たないけどネ)
 
 彼が平凡でないところは、その憧れを凡人のように簡単に諦めないで、何年も抱き続けたことである。
 そのおかげであるときふと気づいた。

 新聞・テレビで報じられるのを見るが、宮中では毎年新春に「歌会始の儀」とかいうのが開かれるうようだ。天皇・皇后を始めとする皇族や、高名な選者などが居並ぶその歌会始には、ふつうの一般人からも10名が選ばれて出席できるらしい。
 
 もし応募した詠歌が10人のうちのひとりに選ばれたら、美智子妃のお顔を近くからナマで見られるのではないか。
 
 そう思った彼は、そのときすでに75歳になっていたというが、カルチャーセンターの短歌教室に通い始めた。

 それまで歌などまるで縁のなかった老人である。どんなに一所懸命でも、若竹じゃないのだからメキメキ上達するわけにはいかない。始めてからすでに15年ほどが経つが、詠進歌に選ばれたことは一度もない。ありていに言えば、その気配さえなかったのではないか。言っちゃあ悪いけど・・・。
 
 で、美智子さまはすでに皇后から退位されて、もはや歌会始には出席されない。
 見たいお顔が、現皇后の雅子妃やお孫さんの愛子さまに移る、ということもないようだ。その意味では彼は、簡単に気移りするが如きお気楽かついい加減な変節漢ではないらしい。一本筋の通った真面目な男のようだ。
 
 動機は短歌を始めた頃とは少しずれてきたが、それでも今もなお、歌会始に選ばれたいという憧れは今も続いているという。厳かな行事をテレビで見て、改めて思いを強くしているらしい。で、
「いつかはあの席に選ばれたい」
 彼の願いは続いているというのだ。
 
 新聞投稿の最後は次のような言葉で結ばれている。
「もうろくして何が何だか分からなくなるまで、毎年、歌会始をめざして詠進歌をつくり続けるつもりでいる。愚かな老人のはかない夢は、まだまだ続くのである」と。
 
 エライ!

 朝、「きょうこそは乱雑が山積みになっている机の上を整理して、日々を気持ちよく過ごせるようにするぞ!」と強く決心しても、1時間もすると、
「きょうはどうも気分がイライラして集中しない。こんな気分でやっても、とてもちゃんとした整理はできない・・・」
 などと自分に言い訳して結局はやらない。
 
 そういうことをくり返している自分を顧みて情けない気持ちになる。
 その気持ちも数日のうちに薄れて消える。
 
 だめだコリャ・・・。

 ・・・ということね。 

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