妻が突然 行方不明になった

妻が行方不明

 昨年、福岡県久留米市出身のOL(五条堀美咲さん)が突然姿を消した。
 彼女の失踪から丸1年になるが、未だに手がかりさえ掴めない、どんな小さな情報でもよいので、何かあったら知らせて欲しい・・・捜査本部や両親がそう訴えていると、先ごろの新聞やテレビが報じていた。

 そのニュースに接したとき、わしの胃袋は思わずキリキリと痛んだ。
 実はわしもかつて、同じような思いをして身を細らせたことがあったからだ。
 その当時のことがありありと思い出された。
 今回はそのときのことを書いてみる。
 
 結婚して3年めの夏だった。 
 妻がヨーロッパ旅行中に行方不明になった。
 もともとわしは妻のその旅行には反対だった。

 その年、妻は転職し、それまで勤めていた会社から次の会社へ移るまでの間に、3ヶ月ほどの空き時間を手にいれた。
 その期間を利用して、気の合った女友達と2人だけで、2ヵ月半ほどかけてヨーロッパ各地を歩きまわるという。あらかじめ行き先もホテルも決めず、気の向くまま足の向くまま・・・。

 まだ若い女(当時妻は26歳、友だちは1歳下)が2人だけで、そんな危険きわまりないヒッピー旅行だなんて・・・とわしはとうてい賛成できなかった。すると妻は、
「これは子供の頃からの夢だった。このチャンスは絶対に逃したくない!」
 と離婚も辞さない気配をにじませて引き下がらない。
 わしは一計を案じた。妻の両親を味方に引きいれようとしたのだ。ところがわしの説得の仕方がまずかったらしく、逆に妻の両親は娘の側についたのだ、わしの頭の古さを匂わせて・・・。どうもわしはカンジンなときにドジをやる。

 やむをえなかった。3日に1度必ず便りを寄こすことを条件にOKした。
 スマホ・ガラケーはもちろんポケベルさえない頃の話だ。どんなに疲れていても、3日に1度は、たとえハガキに1行でいいから、無事を知らせる便りを書くこと、という固い約束をした上で、しぶしぶ反対を取り下げたのである。

 最初の10日ほどは、申し合わせどおり3日に1度は便りがあった。その後も、しだいに間隔は開いたがいちおう送られてくる絵ハガキで、まあ無事に旅をしていることがわかり、それほど心配はしなかった。

 ところが1ヵ月余りが過ぎたころである。妻からの音信がパタリと途絶えた。
 便りのない日が半月ほど続いた。
 わしは日に日に不安になった。何か起きたのではないかと。
 妻の母親は、「行方不明だなんて大げさな。あの子のいい加減な性格が出ただけよ」と言ったが、3日に1度の約束なのだ。いくらいい加減な性格とはいえ、半月も音沙汰がないというのは、なにか異常な事態が発生したとしか考えられないではないか。
 最初から賛成できなかったのは、虫が知らせていたのだ。
 わしは居ても立ってもいられなくなり、あちこちに電話をかけ、外務省の「邦人保護課」というところに相談してみた。しかし、なんの役にも立たなかった。

 となるとできることはもはや何もなかった。連絡を取ろうにもどこにいるのかさえ分からないのだ。空を掻き回すみたいに手がかりがどこにもない。

 ちょうどその頃、ひとり旅をしていた日本の女子大生がローマ近辺で殺されて、週刊誌などでさかんに報じられていた。
 不安はより大きな不安を生み、妄想はより忌まわしい妄想に手を伸ばした。
 わしは仕亊が手につかなくなり、ついに神に祈った。それまでこの世に神が居るなどとはチリほども思っていなかったのに。カミ屑扱いに等しかったのに。

 音信が途絶えて20日あまり過ぎた頃の、未明だった。とつぜん電話が鳴った。ふだんそんな時間にわが家の電話が鳴ることはない。
 一瞬、無残な格好で草むらに横たわっている妻の姿が目に浮かんだ。
 わしは受話器に飛びついた。
 
 かん高い能天気な妻の声が耳にひびいた。イタリアの田舎町から掛けているという。
 疲労が重なって、気になりながらペンをとる気持ちの余裕がなかったが、ふと便りをしないまま過ぎた日を数えて、あわてて電話機に飛びついたらしい。

 わしは遙かイタリアの田舎へ怒鳴った。
「離婚だッ。もうこの家へは永遠に帰ってくるな!」
「ごめん。だから謝ってるでしょ」
「うるさいッ! そんなにヨーローッパが好きなら、一生ヨーロッパにいろ!」
 受話器を電話機へ叩きつけた。

 それからさらに1ヶ月ほどして、妻は何事もなかったように、カエルのツラも恥ずかしがるくらいケロリとした顔で帰ってきた。
 離婚を宣言したはずのわしも、何も言わずに迎えた
 そのときの土産のモンブランは、今も年賀状を書くときなどに使っている。
 いい加減なのだ、わしも。

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妻が突然 行方不明になった” に対して 2 件のコメントがあります

  1. 真水酒乱会 鯉心 より:

    これは
    わし的にアウト!!!
    絶対離婚や
    残されたもんの気持ちを考えようともせん女らぁと一緒におれん!って別れる。

    1. Hanboke-jiji より:

      あのときは結婚3年め。
      わしもまだ若かった。今みたいに浮き世の潮風にさらされて
      鍛えられとらん。
      ホレて結婚した弱みもあったかもしれん。
      今だったら、酒乱会さんと同じ、即離婚だろな!
      あッ、いま離婚したら、
      めし誰が作ってくれるねん。
      掃除洗濯だれがやるねん。
      タンキはソンキかも。
      浮き世もまたつらし。
      やれやれ。

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