初物完全制覇体験記

初体験

 いくつになっても初めて経験するというのは、新鮮な感覚があるねぇ。
 
 そんなことたァ当たりメエだ、半ボケ爺さんに言われたくない。
 ・・・って突っ込まれそうだけど、わしが言いたいのはだネ、人生の九分九厘を生き終えて、棺桶に半分以上足をつっこんでいても、初めて経験することはけっこうある、って話なの。

 で、目薬である。
 えっ、目薬?
 じいさん、その年して、目薬、初体験なの?
 ・・・って失笑されそうだけど、わるいか。
 じいさん、その年で、女、初体験なの?
 ・・・っていうんじゃ失笑されても仕方ないけど、目薬の初体験で笑われるイワレはないワイ。

 べつに宇宙飛行士なみの優秀な目をしているわけじゃない。
 正直にいうとむしろ並み以下の目だが、どういうわけかこれまで目薬を差したことがなかった。差す必要を感じなかった。

 ところがここ数年ほど、新聞や本の活字がどうもカスんで読みづらい。

 ふつうならここで目薬に目が向くのだろうが、それまで目薬を差した経験がなかったものだから、目に入らなかった。
 近ごろ目がカスんで新聞が読みづらい・・・とカミさんにぼやくだけだった。
 カミさんだってそんなことボヤかれてもどうしようもないから、「仕方がないわよ、年なんだから・・・」とクソの役にも立たない言葉をくり返すだけだった。(ごめん、下品なコトバで)
 
 そんなわしの目がようやく目薬に向いたのは、テレビのおかげだ。
 たまたま見ていた画面が目薬の広告をやり始めた。他の局にチャンネルを換えたら、そこでも偶然同じ目薬をやっていた。
 それでようやっと気づいたの。そうだ、目薬ってのがあるナ・・・って。われながらソートーとろいネ。
 
 さっそくドラッグストアで探したら、まず種類の多さにビックリした。売り場の一画にある棚一面に、何十何百という目薬が並んでいる。こんなに同族が多いとは知らなかった。
 値段も数百円から数千円までさまざま。
 実際に値段の差ほど効き目に差があるのかどうか分からないので、平均的な値段のものを選んだ。
 
 ところが、いざ目に薬を差す段になって困った。
 薬液が目に入らないのだ。何度やっても肝腎の目ン玉に入ってくれない。
 なんとか入るのは5回に1回くらい。あとは目の上のマブタや、目の下の目ぶくろあたりに落ちて、その後ホホを伝って流れ落ちる。
 池の鯉にエサをやるのに、餌を周辺の岸辺にばらまいてどうするんだ、というのはもちろん分かっているのだが、分かっていることと出来ることは別。
 
 そこでわしは手鏡をもち出した。
 薬の容器を持たないほうの手(左手)に手鏡を持って、池の上・・・じゃなかった目ン玉の上にちゃんと容器の先端(滴下口)が来ているかどうか、鏡で位置を確かめながらやれば問題ないんじゃないか、と気づいたのである。
(・・・のである、なんて、自慢してんじゃないよお前さん、小学生でもそれくらい考える。ヘイ、ごもっとも。)

 で、結果は上々・・・といくはずだったが、いかんのだナア、これが。
 うまくいかないのは、薬液が落ちる瞬間に、思わず目をつむってしまうからだ。

 アホじゃないか、とさすがにわしもわしに目を剥いたね。いくら鏡を使って正しい位置から落としても、その瞬間に目にフタをしたのでは意味ないじゃないか、このどアホ!

 ・・・とわれとわが身を叱りつけるのだが、できないものはやはりできない。
 どうしてもその瞬間に目をつむってしまう。頭の命令を無視してマブタが勝手に動いちまうのだ。どうも人間ってのはヤッカイだ。
 
 とはいえ、手鏡を持ち出したのは無意味ではなかった。鏡のおかげで、目の中に薬液が入らないのは、容器の位置がずれてるからというよりも、その瞬間に目がフタをしてしまうことに原因があることが判明したからである。
 
 そこで別の手を考えた。というか人がやっていたのを思い出した。
 容器を持たない方の手(左手)の人さし指でマブタを押さえ、マブタが勝手に動かないようにしておいて、薬液を垂らす。

 つまり主人の意に従わない勝手な部位(マブタ)を、主人の意思に比較的従順な部位(指)で動けないようにしておいて、目的を達しようとするわけだ。
 このため手鏡は手放さなければならないが、仕方ない。必要度優先。
 
 これはある程度うまくいった。5回に3,4回はちゃんと目の中に目薬が入るようになった。
 だが、5回に1回か2回は失敗する。鏡がないとやはり液の滴り口の位置がずれて、目的地外地域に落下するのだ。

 薬液が無駄になって惜しい・・・とは思わないが、何となくクヤシイ。ここまできたら完全制覇・・・百発百中を狙いたい。
 
 そこで、一度は手放した手鏡を再度現役復帰させた。
 ただ、左手をマブタ制御に使っているので、どこで手鏡を持つかが問題だ。
 
 結論から言えば、容器を持つ手にいっしょに持たせた。
 手品師でもないのに、そんなことができるのか、と疑う向きもあるかもしれないが、できる。

 すなわち、親指と人さし指で容器を持ち、後方に控える薬指と小指のあいだに手鏡の柄を挟んで、位置を調整すればちゃんと機能することを発見した。
 薬指と小指に挟んだ鏡で位置をたしかめながら、親指と人さし指で容器の腹を圧して、薬液を滴らせるのである。

手鏡で点眼

 かくして完全制覇は完成した。目薬の点眼は百発百中になった。
 
 為せば成るナサネバナラヌ何ゴトモ・・・である。
 
 ・・・なんて、いい年して、どうでもいいことをジマンしちゃって。
 
 

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